帰依する人々 −その2−


1999年9月30日、日本で初めての死亡者を出した原子力事故が起こりました。茨城県東海村で起こったJCO臨界事故です。

当時、私は東海村に住み、JCOのすぐ近くに隣接する那珂町の研究所で働いていました。私の研究所とJCOとの敷地境界の距離は500mほどでした。

昼休みには、ジョギングで研究所の周囲を一周するのが日課でした。事故当日も、JCO事業所に"裸の原子炉”が出現したその時に、すぐ近くをハアハアいいながら走っていた訳です。


右表は、JCO臨界事故総合評価の報告書から、事故当時の周辺環境の放射線量の評価です。これをみると、私は1mSv程度、被爆したようです。私は、日本で最初の死亡者を出した原子力事故の『被爆者』だったのです。

事故からしばらくして、那珂町の町役場に、事故の影響を心配する住民のための相談室が設けられました。そして、私の研究所に相談に対応できる専門家の派遣要請がありました。東海村にある東海研究所であれば原子力の専門家はたくさんいたのですが、那珂町にある那珂研究所は核融合の研究所だったので、原子力の専門家は少なく、結局、大学で原子力工学を専攻し、第一種放射線取扱主任者免許を持つ私が詰めることになりました。

相談室に行ってみると、入口と奥の2つの部屋から構成されていて、まず入口の部屋で看護婦さんが話を聞いて、それで納得すれば良し。『専門家の方とお話しされますか?』と聞いて希望すれば私のいる奥の部屋に来るというシステムでした。


幸い、東海村と那珂町に原子力施設の周辺ということでモニタリングポストがたくさんあり、線量記録が残っていました。また、右図のように、距離の関数として事故時の中性子量を推定して、計測値を合わせた初期解析結果もありました。

ですから、事故時にどのくらいの線量を浴びたかが分かり、それと4000mSvを浴びる その1に書いた放射線量とその影響のグラフを用いて説明しました。


例えば、事故時に洗濯物を屋外で干していた妊婦さん。生むべきか、堕ろすべきかという相談でした。

家の位置を聞いて、近所のモニタリングポストで測定された線量と、距離の関数として求められた線量を示し、

『貴女の家の位置だと、中性子線が主で、約0.1mSv、100マイクロシーベルト浴びていますね』
『やっぱ、浴びているんですね。どうしようかしら。やっぱり影響はあるんでしょうか』
『確率的に全く無いとは言えないのですが、100マイクロシーベルトという値はどのくらいかというと、飛行機でハワイまで飛んだ時の放射線量です。上空は放射線量が高いですから。だから、ハワイに新婚旅行に行って、ハネムーンベイビーができた場合にそれを心配するのかどうかという問題です』
『あっ、それくらいなんですね。じゃあ、大丈夫ですね。そんな人たくさんいますもん』
『その通りです』

で1件落着。

他の人にも線量を示して説明しましたが、私が至近距離で、1mSv、1000マイクロシーベルを実際に浴びていて、全く心配していないことを知って安心して帰っていきました。やはり、実体験というのは強いですね。今なら、4000mSvでも大丈夫と言ってあげられます。

ところが、たくさんの相談者の中で2人ほど、納得しないおじさんがいました。

2人とも家が事故現場から遠く離れていて殆ど浴びていないのですが、見たいと欲するものしか見ない人だったのです。

一人はモニタリングポストの値が操作されているのではないか、実際にはもっと数値が高いが、住民を安心させ、原子力を推進するために常に低い値を出しているのではないか、という疑問を持っていました。東海村にある原子力関係の研究所や施設は推進側だから信用しない。わが町にある那珂研究所は原子力でなく核融合の研究所だから本当の事を教えてもらえるかもしれないと思って来たとのこと。ネット上にある陰謀説にすっかり帰依していて、高速増殖炉もんじゅの情報隠しなどについて、とても詳しい知識を持っていました。

そんな期待には応えられないので、『そんな事は絶対にない。操作したら必ずバレる。第三者の研究機関が計算でもチェックしており、もし計算値とモニタリングポストの実際の測定値に大きな違いがあると、何で違うのかと大問題になる』と説明しました。

あと1人のおじさんは、福島で起こったことと同じです。

『事故以来、身体がだるく、鼻血も出た。放射能を浴びたせいだと思うがどうしたら良いか』
『貴方の自宅だと距離が離れているので、0.2マイクロシーベルト程度の被爆線量です。その線量で影響があるとは考えられません』
『しかし、確率的にゼロではないんだな』
『ゼロではないけど、限りなく低いと思います』
『あるのか、ないのか、どっちなのか』
『私の意見では、影響なしです』
『しかし、放射能はいくら低くても確率的には影響があると言われている。実際に、事故が起こってから身体に変調を来している』
『それは別の原因と考えられるので、病院でチェックされてはいかがでしょうか』

などという会話が長々とあって、とうとう

『そこまで、0.2マイクロシーベルトの被爆を気にされるのでしたら、ここに長時間いらっしゃらない方がいいと思います。ご自宅は木造なので自然放射能は少なめですが、ここはコンクリートで囲まれた部屋なので、コンクリート中のカリウム40や放射性ラドンガスのために、木造家屋よりも1時間あたり0.1マイクロシーベルト以上高くなっています。もう2時間以上いらっしゃいましたから、事故時の被爆量よりも高い線量を浴びていることになります』と伝えて帰ってもらいました。

どんな説明をしようと、帰依してフレキシビリティを失った人を納得させる事はできないと感じたのでした。

因みに、その時に最大の被爆をしたと考えられたのは、受付を担当してくれた看護婦さんでした。看護婦さんは普段は小児病棟に勤めていて、赤ん坊のレントゲン写真を撮る機会が多いそうです。ルール上は、身体を固定したら、照射室を出て、防護扉を閉めてからX線照射を始めることになっているのですが、赤ん坊ですから泣いたり動いたりして上手く写真が撮れない。そこで、照射室を出ることなく、赤ん坊を抱いたり押さえたりしながら撮るそうです。

医療現場の放射線管理の杜撰さに驚くとともに、まずは線量測定を行い、やむを得ない場合でも、遮蔽エプロンを付けて撮影をするようにアドバイスしました。

帰依する人々 その3に続く