退院したら訪れたい10のところ

Ten places I would like to visit when I go out the clean room


無菌病室を無事に出ることができるのだろうかと心配していた第1回目の抗がん剤治療から、はや5ヶ月。5回の抗がん剤治療を重ね、その間、無菌病室の二重窓の中が主な生活空間でした。退院したら訪れてみたい10のところをリストアップしておきたいと思います。

At the first anti-cancer drug treatment, I was worried whether I could go out the clean room or not. During the period from the 1st to the 5th anti-cancer drug treatments, my life existed only in the clean room isolated from the world by double sealed windows. Let me list up ten places where I would like to visit when I can go out this clean room.


目次 (クリックするとそのページに飛びます)

  1. 松山 - 私のふるさと
  2. 青島 - 瀬戸内海に浮かぶネコ島
  3. ミヨー橋 - 南フランス
  4. フレノワ・ル・グラン村 - ルクルーゼの村
  5. カミーノ・デ・サンティアゴ
  6. 熊野古道 - 世界遺産の道
  7. 四国八十八ケ所の巡礼路
  8. マルタ島 - 地中海のネコ島
  9. 弘前城公園 - 世界一の桜
  10. 市柳総合公園 - 北の国の小さな公園

Contents(Please click the places to jump to the pages)

  1. Matsuyama - My home town
  2. Aoshima - A cat island in Seto island sea
  3. Viaduc de Millau in South France
  4. Fresnoy-le-Grand - The village of "LE CREUSET"
  5. Camino-de-Santiago
  6. Kumano Kodo - A world heritage of pilgrimage route
  7. Henro michi - 88 temples pilgrimage in Shikoku island
  8. Malta - A cat island in Mediterranean sea
  9. Hirosaki castle park - The best cherry blossoms in the world
  10. Ichiyanagi park - A small natural park in northern country

1.松山 - 私のふるさと
Matsuyama - My home town

松山平野(別名、道後平野)は、瀬戸内海に面した、一辺が15kmの三角形の平野です。

子供の頃、大きくなったら絶対に松山平野から出るんだと思っていました。当時、『快傑ハリマオ』というテレビ番組があって、『真っ赤な太陽 燃えている♪・・・七つの海をかけめぐり 正義に結ぶ この勝利』という主題歌を聴くたびに、その世界の広がりに小さな胸を熱くしていました。今になって考えると、単に東南アジアのみを舞台にした冒険活劇だったのですが、当時の私にとっては想像を絶する広大な世界でした。

18才になって、松山を出てからは、年に一度の帰郷も希でした。一方で外国には頻繁に行く機会があり、特に南フランスは長期も含めて年に2-3度出張する状態が二十年くらい続いて、まるで南フランスの方が私の故郷という感じでした。両親が亡くなって兄が家を継いでからは、更に足が遠のきました。

そして、いま、この年齢になると、故郷の良さをしみじみと感じます。暖かくて、美しくて、すべてが箱庭のように過不足なく揃った世界だなあと。

写真は松山のシンボル、松山城と道後温泉です。

シムシティという、仮想の街を作るシミュレーションゲームがありましたが、もし私が神様で一から町を作るとしたらと考えてみました。

まず、場所は温暖で風光明媚なところがいい。
穏やかな海があって、もちろん山もあって、適当な広さ、そう10キロ四方くらいの広さの平地があるところ。
人口は、50万人くらい。100万を越えると多すぎるし、20万では少なすぎる。
大都市の衛星都市ではなく、その地方の政治・文化・経済・教育の中心地で、独自の文化を育めるところ。

さあ、街をつくろう。
街のランドマークはお城にしよう。天守閣のあるお城を小高い丘の上に置こう。丘は100mくらいの高さで市民が散歩で登れるくらい。そして、街のどこからもお城が見える高さだ。

お城のすぐ南側、お堀の内側は市民が集う公園にして、市役所や裁判所などの公共の建物を並べる。
オフィス街も公共施設の近くに集めよう。
そして、オフィス街の隣に商店街を作ろう。アーケード付で歩行者天国。雨や車に煩わされないで買い物ができる。
商店街は真っ直ぐだと味がないから、L字形にしようかな。
商店街の両端に大型のデパートを置いて集客の競争をさせる。
商店街の裏は飲食街、歓楽街だ。オフィスからも近い。
つまり、お城の南側に、公園、公共施設、官庁、オフィス、商店街、飲食店街をまとめる。

お城の北側は文教地区にして、高校や大学などの教育機関を置こう。商店街や歓楽街はお城の反対側になるけれど、勉強に集中するにはその方がいいでしょう。

交通の要衝はお城の西側、海側に纏めよう。空港、フェリー港、JRなどの駅は海に沿って配置して、その間は鉄道などの公共交通機関で密接に結ぶ。工業地帯も海側だから輸送も便利だ。

市内の交通はもちろん路面電車。市内をくまなく網羅して、1-2分おきに電車が来て、ワンコインで乗れる。

そして、お城の東側の山側には、奥座敷として温泉を配置しよう。
温泉の近くには観光客用の歓楽街。あまり上品でない施設も温泉の近くならOKだ。
観光客は西側の空港やJRの駅に降り立って、路面電車に乗って、お城や公園を眺めながら温泉に着く。東側の観光施設としては、古いお寺や、由緒正しい神社もいい。

歴史があって、文学の香りがするような街。

穏やかな気候のせいで、のんびりとした方言を使う穏やかな人々が暮らし、巡礼の人々への思いやりも暖かい。

そんな街にすると思うのです。

それが・・・松山市です。

松山を離れてから半世紀。いろんな街を経験した後で、故郷を見直しています。しばらく帰ってなかったのですが、今回の入院で、兄夫婦や姉夫婦、甥や姪、親戚一同が心配してくれました。また、高校時代の友人たちが松山からわざわざ見舞いに来てくれました。

退院したら、真っ先に故郷の松山に帰って、みんなに元気な姿を見せて、道後温泉に入って、のんびりとした方言を聞いて、『ことり』で鍋焼きうどんを食べたいと思うのです。


2.青島 - 瀬戸内海に浮かぶネコ島
Aoshima - A cat island in Seto island sea

松山市の沖合20kmの海上に、由利島という無人島があります。周囲が4kmほどの小島です。

最近は、由利島という名前よりも、ダッシュ島として有名になりました。『鉄腕ダッシュ』というテレビ番組の撮影場所となっているからです。

松山空港に海側から接近すると、ぽっこりとした2つの島がつながっている、由利島の特徴のある形を認めることができます。


その由利島の南に、青島という小さな島があります。こちらは、無人島ではなく人が住んでいて、2015年6月時点での人口は16人です。そして、いつの頃からか、たくさんのネコが住み着くようになって、現時点で、ネコの人口(とは言えないけど)は100匹あまり。つまり、島を歩いているひと(とは言えないけど)10人中8人か9人はネコなのです。

松山に帰るついでに、是非、この青島に寄ってみたいと思っています。

そのために、ちょっとメモしておくと、交通は予讃線の伊予長浜駅を降りて徒歩2分で長浜港に着き、そこから青島まで青島海運の船で35分。大人片道680円。午前・午後各1往復運航。船の定員は34名ですが、島民とその関係者が優先されます。更に、午前中の船で青島に行った人が午後の便で必ず戻れるように、午後の便の定員は午前中に島に渡った人数が差し引かれる。

島には、自動販売機も商店も何も無いので、飲み物や食べ物など全て持ち込み。また、ゴミは全て持ち帰り。

シュミレーションしてみると、

松山 6:04 > 7:17 伊予長浜着 JR予讃線
長浜港発 8:00 > 8:35 青島着  青島海運
青島発 16:15 > 16:50 長浜港着 青島海運
伊予長浜発 17:34 > 18:30 松山着 JR予讃線 
松山から日帰りできそうですね。

その他の情報は、大洲市の定期旅客船「あおしま」時刻表及びアクセスのページを参照しましょう。


3.ミヨー橋 - 南フランス
Viaduc de Millau in South France

数年前に、夫婦でフランスの田舎をドライブ旅行したことがあります。

計画では、パリのシャルルドゴール空港でレンタカーを借りて、一路北上して、ジャンヌ・ダルク最後の地、ルーアンで1泊。次の日には、西に進路をとって、モンサンミッシェルで1泊。南に向かってボルドーで1泊。ピレネー山脈沿いに下って、城壁の町カルカッソンヌで1泊、東に進路をとってモンペリエ、アヴィニヨン、北に向かってリヨン、ディジョンへ。

僅か1週間ちょっとで、ほぼフランス全土を回るという壮大な計画でした。何といっても、ボルドー、ラングドッグ、ローヌ、ブルゴーニュという、ワインの本場を全て訪れるという、密かな目的もありました。

ところが、一人でドライブするのと違って休憩や食事で意外と時間がかかり、ルーアンやモンサンミッシェルでは、早朝に観光をして朝食のあとすぐに出発、夕方になってやっと次の宿泊地に着くというありさまでした。そして、3日目には妻から、『こんな忙しい旅行はイヤだ!』とダメだしが出たのです。

仕方なく、回る範囲をフランス北西部に限定し、南フランスはまた別の機会に譲ることにしました。

その時、私が行けるかもと楽しみにしていた場所にミヨー橋があります。

ミヨー橋は、パリと南フランスを結ぶ高速道路A75号線の、最後の難所にかけた橋で、主塔の高さは343m。現時点で世界で最も高い橋です。

ミヨー橋が横切るタルン渓谷は早朝などに霧が発生しやすく、その時には写真のように、雲海のドライブになるようです。

このミヨー橋を渡り、ラングドッグ地方の新進の醸造家のワイナリーを訪れる。次にフランスを訪れた時にやってみたい事です。



4.フレノワ・ル・グラン村 - ル・クルーゼの村
Fresnoy-le-Grand - The village of "LE CREUSET"

フランスに訪れたい場所がもうひとつあります。フレノワ・ル・グラン村、パリから北へ200km、人口3000人ほどの小さな村です。

ここは、ル・クルーゼの故郷です。鋳物職人とホーロー職人がここで出会って、最初のル・クルーゼ鍋を作ってから、200年以上にわたり、全てのル・クルーゼはこの村のはずれにある工場で作られてきました。

我が家にも、ル・クルーゼ鍋があって、機能的で美しいデザインはもちろん、焦げにくく、じっくりと料理する鍋として重宝しています。


入院中のある日、BS放送を見ていると、構成作家の小山薫堂と音楽家の小宮山雄飛がル・クルーゼの工場を訪問するという番組をやっていました。

実は、私は小山薫堂が好きというか、密かに尊敬しているのです。昔、深夜に『カノッサの屈辱』という番組があって、その発想の素晴らしさ、面白さにすっかり参ったのが小山薫堂を知った最初でした。その後、NHKの『恋する日本語』という短編ドラマシリーズがいいなあと思っていたら、小山薫堂の原作でした。

その後も、気の利いた番組だなあとか、いい映画だなあと思うと、彼の名前がありました。山形を舞台にした映画『おくりびと』は、俳優や監督も良かったのですが、やはり彼の脚本が光っていると思いました。

ル・クルーゼの番組も、わざとらしいタレントや女優ではなく、中年の日本人男性二人が訪れるというのがとても自然で、村の人々や工場のファンになりました。

訪問のお礼に、小山と小宮山がル・クルーゼ鍋で日本式のカレーライスを作り、工場や村の人々に振る舞いました。皆が、本当に最後の1滴まで食べ尽くしたのが印象的でした。

フランスの田舎には、必ず小さなホテルとレストランがあって、そのレストランの味が意外と美味しいのです。観光地でない、フランスの普通の田舎を訪れて、その村のレストランで食事をしてみたいと思うのです。


5.カミーノ・デ・サンティアゴ
Camino-de-Santiago

世界遺産になっている巡礼路は世界に2つあって、ひとつは日本の熊野古道、そしてもうひとつがスペインのカミーノ・デ・サンティアゴ(サンティアゴへの道)です。巡礼コースはいくつかあるのですが、最も代表的なのが「フランス人の道」と呼ばれる、ピレネー山脈からサンティアゴまで約800kmのコースです。

写真は、「フランス人の道」の真ん中あたり、レオンからオスピタル・デ・オルビゴの町に向かう巡礼路です。ここを車で訪れたのは夏だったのですが、熱い日差しの中、数百メートル毎に巡礼者が歩いていました。


写真は、オスピタル・デ・オルビゴで出会った、若者たち。イタリア人とスペイン人のグループで、アルベルグで友達になって一緒に歩いているとのこと。巡礼者はこのような若者から、壮年、老年の夫婦、独り旅まで、世代も国籍もさまざまです。

巡礼者のしるしは、長い杖とホタテ貝の貝殻。それとグレデンシャルと呼ばれる巡礼手帳です。


巡礼路には、巡礼者のための宿泊施設やトイレや病院などいろんなサービス施設があります。写真は、巡礼者のためのアルベルグと呼ばれる宿泊施設。建物の側面に大きく、ALBERGUEの文字が見えます。公営のもので1泊の宿泊費が5ユーロ、私営で8-10ユーロ、単に寄付金だけの施設もあるようです。

朝は夜明けとともに起きて出立し、昼過ぎには次の宿泊地のアルベルグに着いて、午後は夕食の買い出しに行ったり、アルベルグの中庭で談笑したり、のんびりするというのが巡礼者の日課とのこと。

私がこの道を歩く時には、青森産の4Lサイズのホタテ貝の貝殻を持っていってリュックに吊したいと思います。異様に大きい貝殻は人目を引くでしょう。『その貝殻はどこで用意したのか?』と必ず聞かれると思います。そこから会話が始まって、若者や壮年、老年の人たちとアルベルグで交流するのは楽しいでしょうね。


訪れる時のためのメモ:

情報収集とクレデンシャル(巡礼手帳)は、日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会へ。クレデンシャルは、現地に着いてからでも入手できますが、事前に日本でも入手可能です。

実際に歩いた人の経験談のページ:
サンティアゴ巡礼路の記録
スペイン巡礼路の旅完全攻略サイト
スペイン巡礼の旅ブログ


6.熊野古道 - 世界遺産の巡礼路
Kumano Kodo - A world heritage of pilgrimage route

カミーノ・デ・サンティアゴと並んで、世界遺産となっている巡礼路、熊野古道。

カミーノ・デ・サンティアゴが、乾燥した大陸を歩くのに対して、湿気の高い山の中を歩く熊野古道は好対照をなしています。世界に二つだけの世界遺産の巡礼路というので、最近はスペインのあと、日本の熊野古道を歩くという世界の若者も増えているそうです。

2000年以上の歴史を持つ熊野本宮大社の参道。吉野杉の森が続きます。全国に3000社ある熊野神社の総本宮です。


奈良県十津川村の川沿いの段々畑。このような集落を抜けて巡礼路が続きます。


熊野本宮大社からひと山越えたところに、湯の峰温泉があります。世界で唯一、世界遺産になっている温泉です。写真は、湯の峰温泉の川沿いに残る『つぼ湯』。その昔、小栗判官が生き返ったという霊験あらたかな湯です。

日本最古の湯は、松山の道後温泉というのが定説になっています。神代の時代から、大国主命が入ったとか、西暦596年に聖徳太子が入ったなどという記録が残っていて、最古の湯は有馬温泉だ、いや白浜温泉だと言っている人でさえ、道後温泉の名前が出たらしょうがないかなという感じだと思います。

いつも道後温泉を自慢する私ですが、実は密かに、日本最古の湯は道後温泉ではなく、湯の峰温泉ではないかと思っています。熊野本宮大社は出雲大社とならぶ日本最古の神社で、熊野三社は12代景行天皇(西暦71年-130年)の時代には参拝がされていたとのこと。記録には残っていないけれど、巡礼者たちは、参拝の後、すぐ近くの川沿いに湧いている湯の峰温泉の湯で汗を流した筈だと考えるからです。

十津川村にもいい温泉があります。熊野古道を歩いて、疲れた身体を温泉に横たえ、しみじみと古を偲びたいと思うのです。


訪れる時のためのメモ:

日本一長い路線バスとして有名な奈良交通八木新宮線で、近鉄五條駅発10:32→谷瀬吊り橋12:25 15:00→湯の峰温泉(あづまや旅館)17:09

熊野古道No.1の人気コース発心門王子から熊野本宮大社までのハイキングコース


7.四国八十八ケ所の巡礼路
Henro michi - 88 temples pilgrimage in Shikoku island

巡礼路といえば、四国八十八ケ所。

2015年9月1日に、スペインの巡礼路の目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラの町があるガリシア自治州と、四国4県の間で協力協定が結ばれました。

熊野古道は世界遺産になったとはいえ、実際に全ての道を歩くには、巡礼者のための施設や文化が不足しています。特に、巡礼者への理解とおもてなしの文化です。同じ文化を共有するという観点では、スペインの巡礼路に相当するのは、四国八十八ケ所でしょう。

写真は、四国八十八ケ所の小さなお寺の参道にあった、おもてなしの看板です。『無料・おへんろさんへ・お休み処』と書かれています。遍路路には、このような無料のおもてなし処がたくさんあって、お茶、お菓子はもちろん、ちゃんとした食事まで無料で提供してくれる所もあります。


子供の頃、農家である私の家にも、お遍路さんが訪れることがありました。玄関でチリンチリンという音がすると、白装束の遍路衣装に身を包んだおへんろさんが立っている。そこで、米1合を、おへんろさんの袋の入れてあげると、拝み終わって出て行った記憶があります。

当時はまだ貧しい時代でしたから、単なる物乞いの人もいたでしょう。それでも、米1合を袋に入れてあげていました。

巡礼者に無料でおもてなしするのは、巡礼に行けない自分の代わりに、巡礼をしてくれるように頼むからです。この考え方はスペインの巡礼路も同じです。

私の兄は、全ての寺を回る『結願成就』のあと、高野山の奥の院にも参って『満願成就』したそうです。全ての寺のスタンプと墨書を掛け軸にしたのを自慢していました。その時は羨ましいとも思わなかったのですが、今は少し羨ましい気がしています。退院したら、遍路衣装に身を包んで歩いてみようかと思っているところです。

一途に歩くことだけを考えて、寺を回る。過度のストレスから解放されて、遍路路のおもてなし処で休む。何だか、免疫力が向上して、がんが治ってしまいそうな気がするのです。


8.マルタ島 - 地中海のネコ島
Malta - A cat island in Mediterranean sea

マルタ島は、以前から気になっているところです。

古くは、カルタゴの支配下からポエニ戦争を経てローマの一部になったこと、中世には、マルタ騎士団がオスマン帝国の猛攻に耐えて撃退したこと、そして近代にはイギリスの支配下のもとで枢軸国のマルタ包囲戦に耐えたというその歴史。

写真でみる首都バレッタの美しさ、海の碧さ。

そして、人口40万人に対して、ネコが70万匹というネコの島であること。つまり、町を歩いている人10人のうち6人以上がネコなのです。

今回の入院で世話をしてくれた看護婦さんの一人がマルタ島に行ったことがあって、いろいろ話を聞きました。物価が安くて、治安も良いこと。夏はすっごく暑いこと。長期滞在するのであれば、首都バレッタの市街地ではなく、湾を挟んだ対岸の住宅地がいいことなどを教えてもらいました。レンタカー(日本と同じ左側通行)を借りて島内を回るのにも、市街地のホテルでなく郊外が便利そうです。

マルタ島のネコについては、ちょっと調べてみたい事もあります。それは、魚と肉とどちらが好きかという問題です。

日本ネコはみんな魚が好きだと思います。私の飼っていたネコも、大好物は鰹節とカニカマでした。外国に出張して、現地のスーパーで買った最高級ネコ缶をお土産に買って帰っても、外国のネコが好きな肉が中心のネコ缶はあまり食べてくれませんでした。

ところが、マルタ島は魚の豊富な地中海の島です。きっと、マルタ島のネコたちは、肉よりも魚が好きに違いない。行く時には、日本から鰹節とカニカマを持って行きたいと思うのです。


9.弘前城公園 - 世界一の桜
Hirosaki castle park - The best cherry blossoms in the world

東京の桜の季節はちょうど無菌病室に閉じ込められている時で、窓から病院の中庭の桜の木を眺めるばかりでした。

現在の抗がん剤治療が順調にいけば、4月末に退院になりますが、その頃には東京のソメイヨシノは全部散ってしまっているでしょう。

でも大丈夫。4月末に北の国に帰れば、弘前城の桜を見ることができます。今年の桜の花は格段に綺麗だろうなあと楽しみにしているところです。

全国に桜の名所がありますが、一度、弘前城の桜を見てしまったら、もう他の桜なんて貧相で見るに耐えません。これは誇張でも何でもなく、一度、満開の時に弘前城に来れば、すぐに同意してもらえると思います。

まず、何といっても花弁が大きくて色が濃いのです。一般的に3-4個と言われる花芽が、弘前城の桜の花芽は、5-7個とほぼ2倍です。こんもりとボリュームがあって、枝は広く四方に伸びています。桜の木の下に入ると、頭上は桜の花びらでいっぱいになって空が見えないくらいなのです。

弘前城の桜と比べると、東京の千鳥ヶ淵の桜は本当に可哀想です。排気ガスの影響でしょうか、白っぽい色の花びらがまばらに咲いているだけで、下から眺めるとスカスカで空が見えてしまうのです。

そもそも桜の木が元気です。私は弘前城に行ってはじめて、桜の木が紅葉することを知りました。木の勢いが良いので、葉っぱは紅葉するまで木にくっついているのです。東京の桜の木が紅葉しないのは、紅葉する前に葉っぱが散っていたからなんですね。


満開が過ぎて、花びらが散り始めると、地面は桜の花びらで埋め尽くされます。

お堀の水面も花びらで埋め尽くされてピンクになります。

千鳥ヶ淵の桜がいくら花びらを落として花筏になったとしても、水面が花びらで埋め尽くされることは無いでしょうね。


さて、弘前城の桜の木が元気なその秘密は、青森県のリンゴの剪定技術にあります。昔から、『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』といわれ、桜の木は剪定してはいけないものとされていました。桜の木は病気に弱く、切り口から雑菌が入ってしまうからです。ところが、桜と同じバラ科のリンゴを剪定してきた青森の人たちは、適切な剪定により、木の勢いが良くなることを知っていて、その技術を桜に応用したのです。

以前、桜の季節に弘前城を訪れた時に、剪定職人たちが作業を始めていました。感心しながら眺めていたら、切った枝を『どうぞ、お持ちください』と渡してくれました。まだ、沢山の花が咲いている枝です。嬉しかったのですが、それを駐車場まで持ち帰っていたら、まるで私が桜の枝を折って盗ったみたいで、ジロジロと非難の目で見られてしまいました。


10.市柳総合公園 - 北の国の小さな公園
Ichiyanagi park - A small natural park in northern country

東京で桜が咲く頃、私の好きな北の国の小さな公園は冬の眠りから覚め、雪解けした林の中は、キクザキイチゲの可憐な花で覆われます。湿地には水芭蕉が咲いて、公園は一年で最も美しい時期を迎えます。

冬の間、公園を訪れる人は私以外誰もいない(これは、雪の上の足跡で分かるので断言できます)ので、今年の冬は誰も公園に入る人はいなかった筈です。森の動物たちは寂しがっているのではないかと思います。


退院したら、真っ先に北の国に戻って、公園を訪れてみたい。ひょっとすると、キクザキイチゲや水芭蕉の季節がまだ終わっていないかもしれない・・と淡い希望を抱いているのです。

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