富士山麓24時間リレーマラソン

24 Hours Marathone Race in Mt. Fuji


目次

  1. はじめに
  2. 仮装
  3. 会場へ
  4. レース開始
  5. レースそして酒宴
  6. レース結果
  7. おわりに


1.はじめに

「面白いレースがあるみたいです」
今回は美恵子さんの一言がきっかけでした。

「富士山で24時間走り続けるみたいなんです」
「えっ、また24時間!それはもういいなあ」
私の脳裏に
日本山岳耐久レースの悪夢がよみがえります。
「いえ、違います。今度はリレーマラソン。交代で走ればいいみたいです。1チームのうち誰かが走っていればよくって、24時間でコースを何周できるかというレースみたいです」
「えっ、ということは、走っている人以外は酒を飲んで応援していればいいという...」
「ええ、まあ」

聞くと、美恵子さんの友人の「のりちゃん」に誘われたレースで、のりちゃんの職場のチームは毎年参加しているそうです。レースというよりも「お祭り」で、すごく賑やかで、すごく楽しいとのこと。

「そうかあ、お祭りかあ。それもいいなあ」
私の脳裏には一転して、酒を飲んで神輿を担ぐ、日本のよき伝統、夏祭りの情景が浮かびました。
「うん、いい。それいこう!」


2.仮装

お祭りですから、楽しくなくてはいけません。楽しさを盛り上げるために、どうすればよいかということを相談しました。その結果、得意の仮装で走ることにしました。大会のHPを見ると、服装は自由で、むしろ仮装大賞なんかを設けて、いろんなコスチュームで走ることを奨励しているみたいです。

レースは1チーム12人まで。早速、メンバーと仮装のための衣装を集めました。その結果、以下の選手と衣装が集まりました。

選手得意衣装
オグリさん
なおちゃんアンナミラーズ
風海くんトナカイ
タケダくんさるげっちゅ
松本くん忍者
ヤスコさんミニスカポリス
前川さんひょう
美恵子さん看護婦
ハヤシさんカエル
サムライ
ウンジュさん
カゲイくん

雑多な構成ですが、雑多なりに統一がとれている(どこが!?)ような気がします。


その他、衣装として用意したペンギンの着ぐるみは、真っ赤の蝶ネクタイがおしゃれな、とても可愛いものでしたが、致命的な欠陥があることがわかりました。ペンギンの足が短く、走るのには全く適していなかったのです。

3.会場へ

当日の朝8時、私とタケダくん、松本くん、なおちゃんの4人は新宿駅のホームに立っていました。本当はタケダくんの真っ赤のオペルのオープンカーで、風を浴びながらドライブの予定だったのですが、バッテリーがあがって動かなかったのです。

一方、他のメンバーは、3台の車に分乗し、朝、水戸を出て、常磐高速から外環、中央高速を通って、会場である富士北麓公園に向かいました。

真っ先に会場に着いたのは我々4人。会場には既にテントが立ち並び、屋台なんかも出て、すごく賑やかです。参加チームは227チーム。応援も含めた総参加者数は約4000人。といいますから、一大イベントの雰囲気です。400mトラックコースのある陸上競技場がメイン会場で、その観客席の芝生を区切って各チームのテントを立てるようになっています。受付で聞くと、「テントの貸し出し所に行って、早くテントを立ててください」と言われました。

その指定場所に行った我々4人。周囲は既に完成したテントが多く、隣でも大勢の人が総掛かりでテントを立てています。


「う〜ん」
呆然とする4人。立てろと言われても、女性を含め4人で立てられるテントでは無さそうです。
「ともかく、テントを借りてこようか」
「ええ、そろそろみんなも着くでしょうから」

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ところが手押し車でテントを運び、しばらく待っても誰もきません。実はその頃、3台の車はそれぞれ、東京都内、甲州街道、中央道で大渋滞にあっていたのです。


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右写真は渋滞する車の中でなごむ、前川さんとヤスコさん。実は、この二人、これがきっかけで親密になり、ゴールインしてしまいました。(後日注)


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「説明会を始めますから、各チームの代表者は集まってください」
放送が流れました。
「おいおい、始まっちゃうよ」
さしあたって、説明会にはタケダくんに行ってもらうことにして、残り3人でテントを立てることにしました。

ポールを組み立て、布を被せて、なおちゃんの魅力で隣のテントの男達を動員し、どうにかテントを立てることができました。タケダくんも説明を聞いて帰ってきました。スタート時間の12時が迫ってきます。しかし、残りのメンバーは誰一人として来ません。スタート直前なのに誰も来ない、何だか、どこかの24時間レースでもこんな事があった気がします。

既視感に怯えた私でしたが、今回のレースは1チームのうち、誰かが走っていればいいというレースです。競技場を出て公園内を走る、1周1.6kmのコースを、12人のランナーで、どういうふうに交代して、どういうふうに走ってもいい、ともかく、24時間で何周できるかというレースなのです。

「ともかく、誰か走っていましょうか」
「ええ、仮装はまた考えることにして」
「ま、お遊びなんだから、適当にながして、時間かせぎをしよう」
「わたしは応援しま〜す」

と、4人それぞれに、悲壮な決意(どこが!?)をしてスタート時間を待ちました。


4.レース開始

開始10分前の場内アナウンスが流れ、各チームのランナー達がスタート地点に終結し始めました。応援の人もコースの両側に人垣をつくっています。ランナーは緊張の面持ち、応援の人も興奮の極致に達しています。
「よ〜し!」
「えいえい、お〜!」
あちこちで気合いを入れる声がします。

それにひきかえ我がチーム。最初からだらけています。
「暑いよ〜、咽が渇いたよ〜」
泣き言をいっている人もいます。
「ビールはどこに売っているんだろう」
余計な心配をしている人もいます。


「すみませ〜ん」
やっと美恵子さんが来ました。今回、マネージャをやってくれるハセベさんとお母様が一緒です。しばらくして、風海くんやオグリさんの車も着きました。これで我がチーム全員、選手12人とマネージャー1人、応援1人の総勢14人が揃いました。よかった、よかった。



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5.レースそして酒宴

今回の作戦は、24時間を3つの時間帯に分け、各時間帯で最適の布陣を敷くというものでした。まず、第1の時間帯であるレース開始から夜9時までは、各人が実力と体調に合わせて走りたいだけ走る。1周で十分だと思う人は1周でもいいし、走り始めて走りたくなった人は5周でも10周でもいい。第2の時間帯である夜9時から朝6時は、12人を4人ずつ3つのグループに分け、それぞれ3時間を分担する。他のグループはその間、完全フリーなので会場を抜けて近くのキャンプサイトに行きロッジで仮眠してもいいし、会場で飲んだくれていてもいい。そして第3の時間帯である朝6時からゴールの12時までは、生き残った人で周回を重ねよう、という作戦です。

最初からだらけて走り始めた我がチームに比べ、他の参加チームは気合いが違います。1周毎にランナーが入れ替わって、盛大な応援を受けて全力疾走しています。

私の順番になりました。たすきを受け取り、トラックを半周して競技場のゲートを抜けたとたん、急な登り坂になりました。「聞いてないよ〜」状態で、息を切らしながら登り切り、少し平坦になったと思ったら、また登り坂。ひ〜ひ〜いいながらやっと平坦なコースになってほっとしたら、今度は急で曲がりくねった下り坂が待っていました。否応無しに加速がつき、最後のカーブをそのまま曲がりきると競技場の大歓声が聞こえて更に加速する。つまり、ゆっくりと体調を確かめながら走るという長距離走のイメージではなく、まるでインターバルトレーニングのコースを走っている感じです。夏の日差しが強く、気温も高くて、汗がだらだら吹き出してきます。

「面倒だから5周くらい走ってくるよ」と言った手前、1周で止める訳にはいかず、2周目、3週目と続けて走っていたら、さすがに疲れてきました。1周毎にランナーが代わっている他のチームにどんどん抜かれていきます。私はサムライの格好をしていたので刀を腰に差していたのですが、その刀で抜く人を斬りつけたくなりました。

力尽きて、松本くんにバトンタッチ。忍者の格好をした松本くんは、「サササッ」とすり足でランナーの間を抜け、私が抜かれたチームをゴボウ抜きしてくれました。それでも何周も続けて走っていると疲れが見えてきます。フルマラソン2時間台の記録を持つ前川さんでさえ、「暑くて、コースもきつい」と音を上げています。


ましてや、馬の格好をしたオグリさんは大変です。馬の頭をかぶり、全身に毛が生えた衣装にくるまって暑い中を走るのですから大変です。


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アンナミラーズの衣装のなおちゃんも、ウェストが締め付けられて走るのは苦しそうでした。


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唯一、絶好調なのは、ミニスカポリスのヤスコさん。胸の谷間に風を受けて、悩殺ポーズで快調に走っていました。


さるげっちゅ〜のタケダくんも子供達に大人気です。「さるげっちゅ〜だ、追いかけろ!」と子供達に追いかけられ、頭のスイッチを叩かれそうになり、へとへとになりながらも、その人気に満足していました。


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ひとしきり走り終わったあと、喉が渇いたので、早速ビールを開けました。
「かんぱ〜い♪」
運動した後の体にビールが滲みます。
一応、かなりの数のビールを車に積んできていたのですが、みるみる間に減っていきます。

「足らないのではないだろうか」

酒の量が心配になりかけた夕方、急に空に暗雲がかかりました。冷たい風が吹いたと思ったら突然のスコールと雷。テントに居ては危険ということで、レースは中断になり、全員が公園管理事務所や車へ避難しました。

その時、我々はというと、富士吉田市駅前のスーパーに居ました。山のようにビールとつまみを買い込んでいたのです。



6.レース結果

本部席の掲示板に各チームの成績がリアルタイムで掲示されていました。レースが再開された時点での我がチームの成績は227チーム中、210位。ほとんどビリの方です。ま、酒を飲んだり、着ぐるみになったりして走っているチームとしてはこんなもんでしょう。

ところが、深夜になると他のチームのパワーがなくなってきました。坂道などでは歩いている人もいます。応援の人も少なくなり、走っている人の顔に疲れが見えます。普通に走っていても、抜かれるよりも、抜く人の方が多くなってきました。

更に、明け方になると、他のチームは疲労の極致に達しているようです。ところが我がチーム。ますます元気になっていきます。そもそも、仕事がら徹夜は得意です。普段から不規則な生活は好きですし、実験などで、明け方までぶっ続けで働いていることはざらですから。それに、24時間で72kmの山道を走破する日本山岳耐久レース出場の経験も生きているのかもしれません。


夜が明けて、順位は227チーム中、130位に上がっていました。美恵子さんの友人の「のりちゃんチーム」は119位。もうひと頑張りすれば、抜けるかもしれません。113位を超えれば、全チームを上位、下位と分けたときに、上位進出といえるでしょう。

目標が出てきた我々は、ついに本気になってしまいました。体力の無い人は1周を全力で走り、実力のある前川さんや、林さん、松本さんなどをフル活用して、着々と順位を上げていきました。そして、最後の周回で前川さんが、ごぼう抜きをしようとしたその直前、レース終了の合図がなりました。

結局、参加227チーム中、109位。つまり上位進出を見事に果たしたのです。

それにしても、我がチームの底力に改めて感心しました。練習を重ねて万全の体制を敷いて参加したチームが多い中で、時間に遅れ、ビールを飲みつつ着ぐるみで走っての上位進出ですから。

7.おわりに

大会の後、24時間リレーマラソンの公式ホームページを見ると、何と、我がチームが手を繋いでゴールした時の写真がトップページを飾っていました。トップをとったチームもあれば、仮装大賞をもらったチーム、同様に手を繋いでゴールしていた多くのチームがあります。その中で我々のチームが選ばれたということは、大会の趣旨に我々のチームの方針がぴったりとはまったことに他なりません(ホントかよ)。その方針とは、『ともかく楽しむこと』。チームで作戦を考え、体を動かし、ビールを飲み、食べ、笑い、遊ぶ。富士山麓の高原の空気をいっぱいに吸って、夏の一日をフルに楽しんだ我々こそが、本大会の勝利者と言えるのではないでしょうか。


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