白銀のフランスアルプス

Skiing in French Alps


目次

  1. アルプスへ
  2. シュール・シュバリエ
  3. ラ・メージュ


.

1.アルプスへ

「ヨーロッパアルプスでスキーをしてみたい」

ある国際会議でフランス人にぽろっと話したら、「今度の3月に来い」と言われ、スキー服をトランクに詰め込んでの出張になった。月曜日が祭日なので、金曜日の午後に出発すれば、土、日、月の3日間、スキーを楽しめるとのこと。

同行してくれるのは、パメラという30代の研究者とその奥さん。フランスは日本以上に学歴社会であるが、その最高峰のひとつ、エコール・ポリテクニクの出身である。8年ほど前に最初に会った時は、単なる若手の研究者で我々は「パメちゃん」と呼んで、互いの家を訪問したり、一緒に遊んでいた。日本に長期に滞在した時は、一緒にスナックを荒らし回り、飲み過ぎて次の日は研究室の仮眠ベッドで青い顔をして寝ていたこともある。

ところが、一昨年、突然の抜擢で300名以上の研究所のトップになった。いわば、平社員だった者が突然に課長や部長を飛び越え、取締役になったようなもの。欧米の人事は本当にドラスチックだ。

パメラの車に乗り、奥さんをピックアップして、エクスアンプロバンスを出たのが、金曜日の午後3時。奥さんは金髪の綺麗な人だ。5才を筆頭に3才、1才の男の子だけ3人の子供が居る。子供たちはどうするのかなと思っていたら、「オペラガールが世話をしてくれる」とのこと。何でも、スウェーデンからフランス語を学びに語学留学している女の子が居て、家にタダで下宿させる代わりに、家事を手伝ってくれているのだそうだ。特に珍しい例ではなく、他の家でも、そういう女の子をたくさん下宿させているとのこと。「男の子3人の面倒を見るのは大変だろうな」と思ったが、逆に言うと、奥さんはその子育てから開放されてのんびりできるということだ。

「たくさん、本を持ってきたわ」
「1日はホテルで本を読むの」

と楽しそうだった。

高速道路を北西に突っ走り、システロンから85号線でギャップへ。更に、94号線で夕方にブリアンソンに着いた。このあたりは、どの街も古い時代の面影を残し、石畳の路地のひとつひとつが絵になっている。

「この城はローマ時代に作られた。あのアーチ状の門を見ろ、素晴らしいアーキテクチャーだ。鉄筋も何も使わず、4世紀からずっと立っているのだ」
とパメラが自慢する。
彼のこの「フランスが一番」という中華思想がいつも鼻につくので、
「日本だと、地震で1世紀と保たないけどね」
と応じる。

目指すスキー場、シュール・シュバリエは、ここからイタリアへ向かった国境の近くだ。国境の近くというか、スキー場がフランスとイタリアにまたがっており、コースを滑っているとフランス領とイタリア領を行ったり来たりする。「パスポートは必携だね」と冗談を言っていた。そのまま、100kmほど更に行くと、イタリアのトリノに至る。

スキー場には沢山のホテルがあるが、
「高くて、良くない」
ということで、20kmほど離れた小さな村の小さなホテルに着いた。
ホテルというよりも、民宿という感じ。パメラはこのあたりにスキーに来る時には良く利用するのだそうだ。

パメラが自慢するだけあって、料理もワインも美味しく、これで1泊2食付きで250フラン(5000円)というのは実に安い。


.

いつも思うのだが、欧米でレジャーをするのは本当に安くつく。勿論、一握りの金持ちがいて、そういう人のための高級ホテル、高級リゾートは論外だけど、一般の人が利用するホテルやコンドミニアムなどは、とても安い。日本で、一家4人で観光地のホテルに泊まったら、1泊で6万円から10万円するだろう。1週間、滞在していたらいくら金があっても足りない。フランスの場合だと1ヶ月滞在しても20万円くらいで済むのではないだろうか。

原因のひとつは、施設利用率かなと思う。日本は、お正月とか夏休みなどのごく限られた時間に一斉に観光地に繰り出し、それ以外の季節は閑古鳥が鳴いている観光地が多い。ホテル側としては、その限られた期間に1年分の儲けをあげる必要があるのだから、必然的に値段が高くなるのだろう。忙しさのあまり、サービスも悪くなってしまう。

フランスの場合、夏休みにしてもみんなが一斉に取る訳では無い。例えば、学校の休みは全国を4つの区域に分け、年ごとに夏休みの時期をずらしている。これは良い考えで、学校の休みに合わせて親が夏休みを取ると、自動的に分散して夏休みを取ることになる。観光地側でも数ヶ月に渡ってコンスタントに客が来るので、設備稼働率を上げられるという訳である。

ブリアンソンを歩いていたら、不動産屋があった。一戸建ての別荘やマンション形式の物件があったので、見ていたら主人が出てきた。「ジャポネ(日本人)だ」というと態度が変わって、まあ中に入ってゆっくり見ろと言う。日本人は金持ちだというのは、世界の常識になりつつあるのだろうか。いろいろ見せて貰うと、贅沢を言わなければ、一戸建ての別荘でも50万フラン(1000万円ちょっと)、100万フランも出せば、一等地に立派な別荘を持てる。

私が気に入ったのは、コンドミニアムの部屋。一家4人が十分生活できるリビングと台所を保ち、ロフトの上の簡易ベッドを使えば、5,6人で寝ることもできる。その部屋が20万フラン(400万円)だった。金をかき集めて10部屋を4000万円で手に入れ、日本の旅行社と契約して、日本人向けに1部屋を1週間10万円くらいで提供する。「ヨーロッパアルプスでスキー三昧」という宣伝のもと、現地駐在員を一人おいて商売をすれば、数年で元を取れるのではないだろうか。

2.シュール・シュバリエ

翌日、まず手始めに、SERRE SHEVALIERへ行く。規模としては「普通だ(パメラ)」というのだが、リフトだけでも40-50、それが広い範囲に分布している。リフトよりも、ロープトウが沢山あって、全てのコースを回るのは、数日あっても足らないだろう。

ロープトウは日本と違って長いバーのついた本格的なもので、慣れないとなかなか難しい。日本の至れりつくせりの高速クワッドリフトに慣れていたら、利用できないかもしれない。

日本と欧米のスキー場の大きな違いは、日本の場合は作られたコースのみを滑走するが、欧米は山全体を滑走するということだ。勿論、コースは作られていて整備されているが、そのコース以外でも「自分の責任において」滑走するのは自由で、実際にどんなところでも滑っている。

アメリカのスコアバレイやヘブンレーバレー、カナダのウィスラーでも滑ったことがあるが、山全体の木々の一本、一本の間に必ずスキーの跡がついているのに感心した。5mくらいの崖があるところでも、崖の上にスキーの跡があり、崖の下に続いている。


.

スキーの醍醐味は自然との触れ合いであって、人気の無い、自然のコースを滑ってこそ楽しいのだ。日本のスキー場はあまりにも管理されすぎていると思う。山全体は広いのに、狭いコースに群がり、ぶつかり合いながら滑るのは本当に滑稽だ。そのコースに沿ってスピーカーが設置され、音楽やディスクジョッキーが流れているなどというのは言語道断だ。

スコアバレイやヘブンレーの場合には、山が殆ど樹木で覆われていたが、ここは2000m以上は樹木帯を過ぎているので全く木が無い。山全体が真っ白。ということは、どこを滑っても良い訳で、実際に人々は未だ誰も滑っていない真新しい雪の上を気ままにシュプールを描いている。

右写真は、スキー場で出会ったパメラの友人の奥さん。
「妊娠しているから、無理はできないの」
と言って急斜面を滑り降りた彼女は、間違いなく私よりも速かった。


.

スキーを履き、パラグライダーを担いでリフトに乗っている人がいた。山の上からパラセーリングをするようだ。頭上には、既に何人かが飛んでいる。狭い日本のスキー場でパラグライダーでスキーヤーの上を飛んだら怒られそうだが、これほど広いと、どこを飛んでどこへ降りても良い感じ。

3.ラ・メージュ

足慣らしが終わった最終日、「今日は、山を滑ろう」ということになって、グルノーブルの方向へと向かった。パメラによると「スキー場のスキーはスキーでは無い」とのこと。リュックを担いで、何日もかけて山を制覇するのが本当のスキーだそうだ。

「スキーシーズンの最中だと、アルプスだけで1日に数十人が死ぬ」
「まさか...本当に?」
「本当だ。死因の半分以上は氷河のクレバスへの墜落、残りの6割は悪天候や道に迷って死に、あと、崖からの墜落もある」
「クレバスを避けるのには、山裾に沿って滑ればいいんだよね」
「その通り。でも、その場合には雪崩に巻き込まれる危険がある」

全般に話が大げさなパメラなので、すこしは割り引くにしても、かなりの人が死んでいるようだ。考えてみれば日本だって、真夏の日曜日には全国で数十人の人が水死している。水泳よりも危険な山岳スキーで死者が多いのは当然かもしれない。

1時間ほどで、ラ・メージュという山の麓に着いた。高度1300mのところにロープウェイの駅があり、それに乗ると、2500mのところの中間駅に着く。そこで、ロープウェイを乗り換え、さらに登ると3700mだ。山頂は4000m近いのだろうか。いわば、富士山の頂上くらいの高さ。空が青いというよりも、黒っぽく、宇宙に近いという感じがする。ここから麓の駅まで、山全体を勝手に滑り降りるのだ。

山頂近くに1本だけ、ロープトウが設けられていた。両端は岩場に固定され、雪の上には何の構造物も無い。岩場以外は氷河なので、かなりのスピードで移動しており、構造物を置けないとのこと。

ロープトウを2回繰り返して足慣らしをした後、さあ出発。3000m以上は氷河に覆われているが、その部分については、赤い旗を立ててコースが示されている。赤い旗の内側は、クレバスが無いことが確認されているという目印だ。勿論、赤い旗を越えて滑っても自由だが、その場合は「自分の責任において行け」ということ。実際に、赤い旗を越えて沢山のシュプールが伸びている。

真っ青な空のもと、遠くにモンブランが見える。景色を楽しみながらパメラの後をついて降りた。パメラは私に気を遣ってか、楽なコースを選んでいるように見える。ところが、緩斜面を選んでいくと、行き止まりで本当の急斜面になった。斜面というか、殆ど絶壁。蔵王の横倉の壁、志賀高原のジャイアントなど40度くらいの斜面では驚かない私も絶句した。戻ることもできない。滑るというより、飛び降りる感じで降りていった。こうなると景色を楽しんでいる余裕など全く無い。また、少し滑ると息が苦しくなるので、高山病予防のために深呼吸を繰り返す。

左の写真は、山の中腹のカフェ。途中にはこれ一軒しか無い。ビールが本当に美味しかった。


.

高度と地形により、目まぐるしく雪の状態が変わる。日本の整備されたコースに慣れたスキー技術ではとても太刀打ちできない。最も難しかったのは、新雪のパリパリ緩斜面。ふかふかの新雪の表面が氷結し、内部に空洞ができたもの。パリパリパリと表面の氷を割りながら滑る。真っ直ぐ滑るぶんにはいいのだが、曲がろうとすると抵抗が大きてバランスを崩して倒れてしまう。

3月だったので、あちこちで雪崩が起こっており、その跡を横切らなくてはならない場面に何度か遭遇した。遠くから見ると雪がすこし崩れているかなという感じだったが、近づくと数十センチから1メートルの大きな雪の固まりが転がっている。パメラはそれらをうまく避けて滑っていく。私はというと、バランスを崩し、いくつかの固まりに正面から激突してしまった。これらが雪というよりも岩。まだ木に激突する方がましかもしれない。

途中、珍しく立て看板があり、それを読んでいたパメラが
「ここを真っ直ぐ行ってはダメだ。あの岩のところで右折するように。真っ直ぐ行くと、500mの絶壁になっている」
と言う。自然の山のまま残しているので、絶壁の前にガードレールも何も無いとのこと。

曲がれと言われても、その斜面自体が30度くらいの傾斜があり、一旦転ぶとそのまま真っ直ぐに行ってしまいそうだ。変に緊張していたら、ターンに失敗して転びそうになった。危うく体勢を立て直してからは、怖くてとても滑れない。スキーの板を傾けて、ずずず、ずずずっと横滑りをして降り、曲がれと言われたところで安全地帯へと斜滑降した。

少し降りてから滑ってきたところを見上げると、絶壁どころか、オーバーハングしている。その上を滑ってきたと知って、寒気がした。

右の写真は樹木帯まで降りてきたところ。ラ・メージュの山頂が見える。


.

午後2時過ぎにやっと麓のロープウェイの駅まで降りてきた。普通は、1日に2回滑り降りるそうで、
「もう、1本いく?」
と聞かれたが、もう十分という感じ。

それよりも、ビールが飲みたい。足を休めたい。風呂に入りたい...

.

次の旅行記へ

To next trip

.


−おわり−