青森のこころ


2016/11/08配信の記事。青森労働基準監督署は8日青森市内の乳製品販売会社の社長に対し、40代の女性販売員に2年間賃金を支払わなかったとして書類送検した。女性は不払いに不満を抱いていたが「配達先に買い物に行けないお年寄りが多く、私が辞めたら困ると思い言い出せなかった」と話しているという。

女性は会社の赤字経営も分かっていたのでしょう。自分は給与がなくても、二世代、三世代家族の中でどうにか暮らしていける。一方、社長は自分に給与を払うと会社を続けていけない。互いに助け合う『青森のこころ』を持っている女性は、給与を払えとは言いだし難かったのでしょう。実に、青森でしか起こり得ない、青森らしい記事だなあと思いました。

ここで、青森あるあるを列挙すると

1.人に分け与える

戊辰戦争に敗れて下北の地へ追いやられた会津藩の武士たちは、現在のむつ市に斗南藩をひらきました。最果ての地で食べるものにも事欠きながら、国造りにはまず教育と考え藩校を開きました。武士は草でも食べると言っていた地元の人は、やがて自分達の貧しい食べ物の中から武士とその家族に分け与えたそうです。

私が六ヶ所村に住んだ最初の年、ある日帰宅すると玄関に大量のジャガイモとタマネギなどの野菜の袋がありました。妻によると、道ばたでツクシを採っていると(私の郷里の愛媛では、ツクシの卵とじは春一番の味覚です)おばあさんが通りかかって何をしているのかと聞かれたそうです。ツクシを採っているんですと答えると、そのまま通り過ぎて、しばらくして戻ってきて、妻を家まで引っ張っていって、これらの野菜を持って帰れと言ったとのこと。『断れなくて・・・』と妻。

人に施しをするというよりも、貧しい中でみんなで物を分け合って生きていこうという感覚ではないかと思います。

2.雪道でスタックするとすぐに2,3台の車が止まって助けてくれる

『突っ込みましたか』などと確認するとすぐにそれぞれの車のトランクからスコップや脱出具を取り出してきて、せっせと雪を掘り、脱出具をタイヤの下に敷いて、必要なら牽引して脱出させてくれます。ものの30分。そして名前も告げず去って行くのです。

私も数年後には、車のトランクに、スコップや脱出具、油圧ジャッキや牽引ロープを備え、止まってあげる車に参加できるようになりました。

私の同僚のフランス人が日本での初めてのお正月に三沢空港まで家族を迎えにいこうとして突っ込んでしまいました。すぐに車が止まったのですが、あまりに突っ込み過ぎていて為す術なし。お正月なので除雪機も稼働なし。するとパトカーを呼んでくれて、パトカーに乗って三沢空港へ。パトカーで迎えにきた夫に妻と娘は驚いたそうです。突っ込んだ車は除雪機が動くとすぐに引っ張り上げてもらえました。

3.朝8時は、朝7時

『町内の道路掃除をするので朝8時に集合』というお触れが回りました。朝8時にそれなりの身支度をして集合場所に出かけると、既に掃除は終わっていて、袋詰めされたゴミを車に載せているところ。お疲れ様ドリンクだけを飲んで帰るはめになりました。明らかにこの人達は朝7時、いやそれよりもっと早くから始めていたのでしょう。

青森の人と約束をすると、必ず私が待たせる形になりました。時間よりも少し早めに着いても、もう相手は既に着いているのです。相手を待たせたくないという青森人のこころだと思いました。

4.家に鍵をかけない

お正月などに挨拶回りをする時、明らかに人の気配がない場合でも玄関の鍵はオープン。誰のどんな家でも入っていくことができます。私は名刺を置いてくるだけでしたが、誰でも物を置いていくことができるようにでしょうね。

そもそも、互いに助け合って暮らしてきた同士、人に施しをすることがあっても、人の物を盗むなどという発想が無いのでしょう。

5.公共の場所は来た時よりも綺麗に

イベント会場のテーブルとか、温泉の休憩室とか、台拭きが置いてあって自分達で拭いてくださいねという場所で、青森の人達は自分達が使ったテーブルは勿論ですが、周囲のテーブルまで、実に自然に掃除して出て行きます。

東京では、自分達が汚したテーブルをそのままにしたり、時には自分達のゴミさえ片付けずに席を立つ人がいます。青森では考えられないことです。

6.高速道のパーキングがきれい

最近の首都圏、名古屋圏、関西圏のサービスエリアのオシャレ度と綺麗さは目をみはるばかりで、それと比べると仙台以北のサービスエリアは寂しいものです。でも、サービスエリアでなく、トイレと自動販売機しかないようなパーキングエリアはものすごく掃除が行き届いていて綺麗です。洗面台には季節の花々が生けられています。恐らく、掃除をしているのは下請け契約で派遣された地元のおじさんやおばさんなのでしょう。彼や彼女たちが庭先に咲く花々を自主的に持ってきて生けているのだと思います。9月のリンドウの季節には、洗面所が溢れるばかりのリンドウの花で覆われていて感激しました

7.スキー場のカレーが美味い

スキー場のカレーといえば、黄色い色がついただけのルーがご飯にかかり、それでいて1000円以上という値段に慣れていました。青森では、値段は500円。このカレーが実に美味しいのです。肉がたっぷり入り、ジャガイモやニンジンが溶けずに残ってまるで家のカレーみたい。思えば、作っているのは地元のおばさん達です。自分の家族に食べさせるように仕込んで作って居るんでしょうね。

カレーに限らず、バラ焼き定食とか、丼モノ、ラーメンに至るまでどれも安くて美味しいのです。八甲田スキー場のゲレンデには焼きたてパンのお店もあります。雲谷ヒルズスキー場の蕎麦ソフトは、私がこれまで食べたソフトクリームの中で屈指です。

思うに、青森の人は手抜きをしないのです。スキー場のカレーというのはこの程度のものだ、黙っていても客が来るのだから楽をしよう、などと考えないのです。真面目に、一生懸命、作っているのだと思います。

8.看護婦さんが優しい

病院で看護婦さん(本当は看護士と書くべきですが敢えて)が年配の方に接しているのをみると実にフレンドリーかつ優しさに満ちあふれています。マニュアル的な優しさではなく、本心から無理なく自然に出てくる優しさというのでしょうか。恐らく、三世代、四世代家族に生まれ、子供の頃から周囲にお年寄りがたくさん居て、子供の時には一緒に遊んでもらい、そして大人になった頃には、お年寄りを助け、その死を見届けたのでしょう。

9.子供達が素直

出前授業や施設見学、イベントなどで子供達を相手にクイズ大会をすることがありました。都会でやると馬鹿にするような子供がでてくる単純なクイズ大会です。ところが青森の子供達は目を輝かせて参加し、正解すると飛び上がって全身で喜びを表現するのです。この素直さは、やはり三世代、四世代家族に育つからかなあと思ったりします。

高校3年で教育を止めるのが勿体ない生徒は高専に行くケースがあります。大学にやるには金がない、しかし優秀なのでもっと教育を続けたいという場合です。とても優秀な生徒がいるがどこか大学に編入できないかという相談を高専の先生から受けた事もあります。

青森の所得は東京の半分だと言われます。でも、実質的な物価は東京の半分なので、青森で暮らす分には豊かさは一緒です。ただ、青森の所得で子供を東京の大学にやるのは大変です。受けるべき大学教育を受けられない、素直な子供達が残念です。

ここまで読んで、青森に限らず、うちの田舎だってそうだよ、同じようなもんだよと思う方はたくさんいらっしゃると思います。

そうです。この、『青森のこころ』というよりも『日本のこころ』。神道とか仏教とか、キリスト教とかイスラム教などの教えや戒律に頼らなくても、高い倫理性と道徳性、文化性を保った共同体が存在し得るという事実は世界に誇るべきです。

日本人は基本的に無宗教だと知った欧米の学者が『じゃあ日本人に道徳や倫理はあるのか』と聞いたといいます。そういった学者を青森に連れてきて1年間生活をさせるといいでしょうね。

この『日本のこころ』は、茶道、華道、能や歌舞伎などという表面的な日本の文化よりも、はるかに重要です。現在、世界の紛争の主要な原因となっている民族紛争や宗教対立を解く鍵がそこにあるからです。

歴史をみると、ゲルマンやアングロサクソンの蛮族たちは子供が増えて暮らせなくなると近隣のより豊かな部族や村を襲撃しました。勝てばオーケー、負けても人口が減るのでこれまたオーケーという訳です。そういう蛮族の後裔たちが作った現在の世界秩序ー核抑止力や力の均衡によってしか平和が保てないーに対するアンチテーゼだと思うのです。

青森あるあるの10番目を忘れていました

10.自分をころす

厳しい風土と自然に耐え抜いてきた青森の人達は、勤勉で我慢強い。それでもなお生活が苦しく子供を育てられない場合には子消し(こけし)や身売りを行ったのでしょう。悪政のせいで自分たちの生活が苦しくなっても、自然環境がより厳しくなったと理解して自分達で処理しようとする傾向があります。

東日本大震災の時、新幹線の新青森駅までの延伸を見込んで、多くのホテルや観光業者は莫大な投資をしました。多くの商店主たちも景気が良くなると期待しました。ところが大震災と風評被害のせいで観光客は激減。いくつかのホテルはつぶれました。風評被害のせいで農産物や水産物も被害を受けました。厳しすぎる放射能基準のおかげで実際に出荷できないものまで出ました。青森には全く放射性物質は飛んでこなかったにも係わらずです。

被災地として”日の当たった”場所だけでなく、青森も被災地だったのです。でも、それを青森の人達が声高に言うことはありませんでした。

青森のこころ その2に続く