最先端ガン治療 BNCT

Boron Neutron Capture Therapy -1-


『一度、BNCTで治療を行った医師は、その虜になる』

最先端のガン治療法として『ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)』が注目されています。この方法は、ガン細胞に中性子捕捉断面積の大きなホウ素薬剤を取り込ませておき、中性子を照射することでガン細胞だけを選択的に破壊するものです。健康な細胞にダメージを与えないため患者への負担が少なく、他の粒子線等の治療では困難な浸潤ガン、多発性ガン、再発ガンにも有効です。

右図にその原理を示します。ガン細胞に取り込まれたホウ素10は、中性子による核反応で、リチウム7とアルファ線を発生させます。これらの飛程は細胞のサイズ(ミクロンオーダー)なので、ガン細胞のみを破壊し、周囲の正常細胞に損傷を与えません。即ち、細胞レベルでの腫瘍選択性があります。

放射線治療の中で、陽子線や重粒子線は、ブラッグ曲線と呼ばれるエネルギーに応じた飛程を持ち、ガン細胞の深さ位置に応じてエネルギーを最適化することで局所的に患部のみを爆撃できます。表面に近いほど放射線損傷を与える従来のガンマ線治療と比べて、正常組織を破壊することがなく、患者に優しい治療法といえます。

陽子線よりも重粒子線の方がブラッグ曲線のピークがシャープなので、より局所的に爆撃できるというのが重粒子線の利点で、そのために陽子線よりも倍以上の設備費がかかる重粒子線装置がある訳ですが、BNCTは、局所的どころではなく、細胞単位で選択的に爆撃できるという利点を有するのです。

BNCTの治療対象としては、浸潤性が高く進行性も速い悪性脳腫瘍、放射線に感受性が高く転移しやすい皮膚悪性黒色腫、外科手術では機能や外見が損なわれる頭頚部ガン、すでに線量上限までの放射線治療を受けている再発ガン、数が多くて照射の困難な多発ガンなどがあります。また、治療が安価になれば、他のガン治療にも適用できることは言うまでもありません。

『一度、BNCTで治療を行った医師は、その虜になる』
知り合いの医師が言った言葉です。


BNCTの臨床研究は、1980年代から原子炉(京大原子炉、原子力機構JRR-4など)からの中性子を使って行われてきましたが、原子炉でなく病院内の施設で治療したいという要望があり、また、原子炉自体が福島事故の影響で点検のために止まっていて恐らく再開不可能な状況にあるため(注1)、加速器を用いて中性子を発生させるBNCT施設の開発や建設が進んでいます。

加速器により中性子を発生させる方法としては、
1) 30MeV以上の陽子ビームを発生させ、Beターゲットに照射して、中性子を発生させ、減速してから利用する
2) 8MeV程度の陽子ビームを発生させ、Beターゲットに照射して、中性子を発生させ、減速してから利用する
3) 2.5MeV前後の陽子ビームをLiターゲットに照射して中性子(最大約800keV、平均500keV)を発生させ、減速して熱中性子にしてから利用する、
4) 1.9MeV前後の陽子ビームをLiターゲットに照射し、7Li(p,n)7Beのしきい値近傍反応で発生する中性子(最大約80keV、平均40keV)を直接利用する、
の4種が提案されています。

BNCTの実用化は日本が最も進んでおり、加速器BNCTプロジェクトも日本が最も進んでいます。
日本の主な、加速器BNCTプロジェクトの一覧を表に示します。


 実施主体 加速器方式 エネルギー(MeV) 電流値(mA) ターゲット 現状
 京大炉・住重 サイクロトロン 30 1 固体Be 30MeV/1mAを達成、熱中性子を発生
 南東北病院 サイクロトロン 30 1 固体Be 治療棟完成、30MeV/1mAを達成、中性子を発生、治験開始
 大阪医科大学 サイクロトロン 30 1 固体Be 計画中。関西BNCT医療研究センターを大阪医科大学内に設置し、平成30年竣工、平成31年開院を目指している
 筑波大・MHI RFQ+DTL 8 5 固体Be 固体ターゲット開発中、加速器試験中
 国立がん研究センター RFQ 2.5 20 固体Be 固体ターゲット開発中、加速器試験中
 名古屋大学 静電加速
(ダイナミトロン)
 2.8 15 固体Li 加速器試験中
 阪大・住商 静電加速 2.5 30 液体Li Liターゲットを用いた中性子スペクトル測定を行い、計算値との良い一致をみた
 東工大 RFQ 1.9 20 液体Li 液体Liターゲットを試験済み
 大阪府立大学 - - - - 2014年にホウ素薬剤開発に特化した研究拠点「BNCT研究センター」を整備。加速器プロジェクトではありませんが、ホウ素薬剤の開発も重要なので防備録として。

これらの加速器BNCTプロジェクトのうち、建設や治験という観点でどれが最も進んでいるかというと、サイクロトロンを用いた南東北病院のBNCTです(注2)。福島事故のあと、経産省の後押しで福島県の復興事業の一環として位置づけられたこともあり、すでに福島県郡山市の南東北病院に新たなBNCT建屋が完成し、住友重機械工業(株)がサイクロトロンを納入して中性子発生に成功、今年の9月から治験が始まっています。

技術的に最も簡単で、30MeVと高いエネルギーを用いるため中性子の発生効率が良く、わずか30kWのビーム出力の加速器で良いためサイクロトロン周辺の電源機器などもコンパクトです。

加速器BNCTでは加速器本体の困難さの他に、高い熱負荷を受けるターゲットの開発が困難さがあるのですが、30MeVとエネルギーが高いために、十分な厚みをもつベリリウム(Be)ターゲットを通したあとで、冷却水までビームを突き抜けさせることができるのです。これらの技術的容易さから、加速器BNCTの世界最初の臨床試験を行う南東北病院はこの方式を選んだ訳です。

ただし、このサイクロトロンBNCTには、致命的な欠点があります。BNCTではスピードの遅い熱中性子を使うのですが、30MeVの高エネルギーで作った中性子のエネルギーが高いため、分厚い減速材を通して、中性子のエネルギーを下げる必要があります。この減速材の中での減速中にいろいろな核反応が起こって、熱中性子もでますが、それ以上にガンマ線が出てしまうのです。

せっかく、身体に優しいBNCT治療を行おうとしているのに、ガンマ線の全身被爆のために障害を受け、最悪の場合にはガンマ線被爆のために死に至る場合があるのです。ただ、すべての治療を試みて、他に方法が無い、死ぬのを待つばかりという患者には、ガンマ線のリスクはあまり問題にならないので、使うことができると思います。

筑波大のプロジェクトは、茨城県−筑波大−MHIの産官学の協力のもと、鳴り物入りで『いばらき中性子最先端医療研究センター整備事業』として開始されたものです。プロジェクトとしては、中性子の減速を考えて、あまり高いエネルギーは選びたくない、かといって、低いエネルギーだと加速器が大電流になって開発が大変だ、というので、絶妙の8MeVというエネルギーを選んだものと考えられます。

ただ、結果として、加速器も大変、ターゲットも大変という、最悪のエネルギーを選んだような気がします。8MeVで平均電流5mAというのは、RFQ+DTL方式の加速器としては十分に大電流です。一方、ターゲットは30MeVのように突き抜けて水に入ることができず、Beターゲットの中でビームが止まって発熱するために、Beターゲットの除熱が困難です。中性子の減速にしても、30MeVほど困難とはならないものの、減速に付随してかなりのガンマ線が出るでしょう。身体に優しい治療になるかどうかは微妙です。

これらの困難さのために、プロジェクトとしては計画どおり進んでおらず、やっと小電流の加速試験が始まったばかりです。

国立がん研究センターのプロジェクトは、2.5MeVという低いエネルギーで、中性子減速に伴うガンマ線を減らし、身体に優しいBNCT治療を狙ったものです。陽子ビームのエネルギーが低いため、加速器としては大電流の20mAが必要です。

このプロジェクト用の加速器は日立製作所が100%子会社にした、米国の AccSys Technology, Inc.が開発し、ターゲットは(株)CICSが開発しています。もともとの計画では、2014年度を目処に臨床研究を開始する予定でしたが、加速器、ターゲットともい開発は遅れ気味です。加速器に関しては、やっとビームを通したところで、大電流へのチャレンジはこれからです。

RFQ本体は、高い周波数(350MHz)を選んで非常にコンパクトですが、高周波電源や交流側電源を含めたシステム全体は巨大です。RFQの効率からして、システム全体は巨大にならざるを得ないのですから、裕度をみて、もっと低い周波数、例えば175MHzあたりの低い周波数を選ぶべきだったと思います。実際に、中国蘭州の近代物理研究所(MPI)では、加速器駆動型原子炉(ADS)用の加速器として、162.5MHzのRFQを使った2.1MeV/10mAのものが既に稼働しています。


名古屋大学のプロジェクトも中性子減速の容易な2.5MeVを狙っています。加速器はIBA社のダイナミトロンで、2.8MeV/15mAの以上の仕様を想定しています。ただ、ダイナミトロンはもともと電子加速器用に開発されたもので、設計も古く、陽子ビームとしての実績は数mAというのが妥当なところです。

10mA以上の電流値を得ることは困難でしょう。

大阪大学では、2.5MeVの陽子ビームをリチウムターゲットに実際に照射して、中性子のスペクトルと付随するガンマ線を測定しています。予想されたとおり、中性子が主で付随するガンマ線は少なく、『身体に優しい照射が可能』という事を実証したことは注目されます。

液体リチウム流をターゲットとする提案も行っており、それが実用化されれば、熱負荷の問題は根本的に解決され、もっと大電流の照射も可能となるでしょう。


東工大では、阪大と同じく、液体リチウムをターゲットとする提案を行っています。ビームのエネルギーは1.9MeVと低いので、発生する熱中性子を減速することなく、そのまま使うというのが特徴です。その代わり、ビーム電流は最低でも20mAで、患者の負担を軽く(照射時間を短く)するためには、50mAかそれ以上が望ましいと思います。


注1)産経新聞2016年1月4日付の記事に以下があります。櫻井よしこ氏の主張です(抜粋)。

原子力規制委が止めた癌治療 的外れな規制に国会監視を強化せよ

原子力規制委員会の不合理な審査で日本が誇る世界最先端の研究が停止に追い込まれている。年間数十人規模で助けることのできる命が、2年間も犠牲にされ続ける許し難い事態が発生している。

京都大学原子炉実験所は原子炉による実験および関連研究の拠点として昭和38年に開設された。以来、ここを舞台に全国の大学研究者が最先端の研究を進めてきた。2つの原子炉をはじめ各種加速器施設、大強度ガンマ線照射装置などを備える日本最大規模の統合的核エネルギー・放射線関連教育・実験施設である。

世界が注目する京大の研究の核は中性子を使った基礎研究だ。それが規制委の壁の前で完全に中止された状態が続いているのである。

中性子は物質の構造を比類なく正確に探るのに欠かせない。惑星探査機はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワのサンプルの微量な元素の成分も中性子を当てることで分析できた。京大が中性子を活用して行う研究のひとつが「ホウ素中性子捕捉療法」(BNCT)という癌治療である。

1990年以降、京大のBNCTの臨床研究は500例以上、症例数および適用範囲の広さで世界最高水準にある。原子炉実験所・原子力基礎工学研究部門の宇根崎博信教授は、京大が社会貢献として最重視するのが癌治療のBNCTで、京大は研究の傍ら週1日をBNCT治療に割き、近年は年間40人から50人を救ってきたと指摘する。

BNCTの治療では、特殊なホウ素を含んだ薬剤を投与し、癌細胞が薬剤を取り込んだタイミングで中性子を当てる。するとホウ素が中性子を吸収して2つにパンと割れ、その際の放射線で癌細胞が死滅する。小さな爆竹を癌細胞に送り込むイメージだ。

BNCTは癌の患部と正常組織がまじり合っている悪性度の強い癌にも有効で従来困難だった治療を可能にした。進化を遂げたBNCTの適用範囲は、当初の脳腫瘍と皮膚癌の黒色肉腫から舌癌、口腔癌、耳下腺癌、肺癌、肝癌に広がり、いまや癌克服の決め手として期待されている。

治療の成功には、原子炉を運転して作る中性子を安全に扱う原子力工学、ホウ素を含む薬剤を開発する薬学、放射線治療専門の医学の、3チームによる高度の連携が欠かせない。それが全てそろっているのは世界でも京大原子炉実験所だけだ。ところが、このBNCT治療が中性子を用いた基礎研究とともに規制委に止められているのである。

規制委が2013年に商業発電用原発の規制を強化した厳しい新基準を打ち出し、実験・研究用原子炉にも適用したからだ。京大の原子炉は出力5000キロワットと100ワット、近畿大のそれは出力わずか1ワット、関西電力大飯原発1基の約30億分の1、豆電球だ。これは空気で十分冷却される。

にもかかわらず、規制委は大規模商業用発電原子炉と同じ基準をこの研究用小規模炉に当てはめる。地震、津波、竜巻、テロ、航空機、火災、活断層など全てを網羅した厳しい対処と、数万から40万ページ(九州電力の川内原発)にも上る膨大な量の書類作成を求める。

京大の宇根崎氏ら教授・研究者は過去2年間、規制委対応に追われ、書類作りがメーンの仕事となり、本来の研究の遅延遅滞が続いている。

なぜこんなことになるのか。規制委の役割は、現場を一番よく知っている事業者と対話し、原発および原子力利用施設の安全性を高め命を守ることだ。だが、強大な権限を与えられた3条機関としての独立性を、事業者とは意見交換しないとでも言うかのような孤立と混同しているのではないか。規制委は現場の実情を無視した見当外れの審査に走り、人命を脅かす結果を招いているのである。

原子炉施設の安全確保が万人共有の目標であるのは論をまたない。しかし現場に十分耳を傾けない規制委は非現実的なまでに厳しい要求をするだけでなく、具体策になればなるほど彼らの基準は揺らぐのである。

たとえば放射線に関して十分な安全性を要求するのはもっともだが、何をもって十分とするのか、工学的要素やリスクをどう評価するのか、その基準は曖昧である。京大は核燃料物質関連の施設改造で補正申請を4回、繰り返させられた。宇根崎氏が「生みの苦しみ」と表現した同プロセスは、最終審査までに1年半かかったが、生みの苦しみの主因は規制委の基準が定まっていなかったことにある。

審査に臨むに当たって、規制委は本来、最初に明確な基準を示すべきだ。だが、現実はそうではない。これまでの取材で審査のたびに規制委が新しい要求を出す事例は幾つも見てきた。規制委は実習しながら規制について学んでいるのかと問いたくなる。彼らが原子力研究を左右し、放射線医療の進展までも止めている現状は、日本のみならず人類にとっての不幸である。


注2)2016年1月5日付の読売新聞の記事に以下がありますが、正確ではありません。実際に治験を開始するのは、総合南東北病院のみ。大阪医科大はやっと計画の母体(関西BNCT医療研究センター)ができたばかり、国立がん研究センター中央病院は加速器、ターゲットの開発とも遅れていて、治験ではなく、単なる研究開発の段階です。

2016年01月05日 14時49分 Copyright c The Yomiuri Shimbun
国立がん研究センター中央病院(東京都)と総合南東北病院(福島県)、大阪医科大(大阪府)の3病院が今月から、がん細胞だけを狙い撃ちする放射線治療「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」の実用化に向けた最終段階の臨床試験(治験)を始める。

悪性脳腫瘍を再発した患者を対象に、生存率などから治療効果を検証し、早ければ5年後に入院費などの一部保険がきく先進医療の認定を目指す。

BNCTは、がん細胞に取り込まれやすいホウ素薬剤を患者に点滴し、体への影響が少ない中性子線を照射する。ホウ素は、中性子線を吸収して核分裂した際に放射線を出し、がん細胞を内部からたたく。放射線の射程は細胞1個分ほどで、周囲の正常な細胞を傷つけにくいとされる。


先端ガン治療などの先進治療は、21世紀、22世紀の日本を支える産業になると思います。 BNCT治療には、核医学を用いた診断、医学物理士による治療計画、熟練した医師、医療に関する広範な安全文化、加速器技術、中性子物理に至るまで、最先端かつ幅広い医学と物理、技術の裾野が必要であり、半導体産業のように半導体製造装置と莫大な投資、非熟練の労働者を使って一挙に世界的シェアを奪うということは不可能です。

たとえ、そういう医師や技術者を世界から呼び寄せて強引に医療施設をどこかの国が作ったとしても、信頼というブランドは一朝一夕で手に入れられるものではありません。例えば中国人の大富豪がガンになった時に、中国の病院で治療するか、日本の病院で治療するかといえば、自分の命に関わることですから、日本を選ぶと思うのです。