カジノ法案とパチンコ


統合型リゾート(IR)整備推進法案、いわゆるカジノ法案が成立しました。

ギャンブルをきちんと法制化するというのは、先進国として当たり前です。むしろ、パチンコがゲームであってギャンブルではないという欺瞞の方が問題だったのです。

民進党や共産党の『ギャンブル依存性を増やすから反対』という主張には失笑してしまいました。日本全国、津々浦々、駅前だろうと学校の近くだろうと、ネオンキラキラのパチンコ屋があります。そこに通い詰める人こそギャンブル依存症であって、それが問題ならば、IR法に反対する前に、パチンコ規制法を提案すべきです。

民進党がパチンコ業界と密接な関係があるというのは周知の事実です。それを棚に上げて、IR法案に反対するというのは本当に滑稽でした。

さて、日本におけるいろいろなギャンブルの還元率(払い戻し率)は以下のとおりです。

宝くじ 45.7 % 当せん金付証票法
競艇 74.8 % モーターボート競走法
競輪 75 % 自転車競技法
競馬 74.1% 競馬法
サッカーくじ 49.6% スポーツ振興
パチンコ 約85%

総務省のサイト(http://www.soumu.go.jp/)より情報引用

これを見ると、最もアコギな商売をしているのは、宝くじやサッカーくじ。サッカーくじを運営しているのは、日本スポーツ振興センターという官僚たちの天下り先です。競輪、競馬、競艇などは75%前後で少しはマシですが、還元率からいえば、パチンコが最も良心的ですね。

統合型リゾート(IR)整備推進法案によってできるカジノでは、その還元率は最も高くなるのではないでしょうか。IR法案により、駅前パチンコなどの不健全な施設が減少し、ギャンブルはリゾートで楽しむという健全な状態になることを期待します。

私自身についていえば、宝くじやサッカーくじを買ったことはありません。還元率が低いからです。また、競輪や競馬の券も買ったことなし。学生時代はパチンコが得意でしたが、今は殆どやっていません。カジノについては、米国ネバダ州、韓国済州島、モナコのリゾートで何度かやっていて、トータルとしては、そこそこ勝っているのではないかと思っています。

私のカジノデビューは、米国ネバダ州のタホ湖畔でした。タホ湖はカリフォルニア州とネバダ州の州境のシエラネヴァダ山中にある美しい湖で、冬期オリンピックが開催されたスコアバレーやヘブンレーバレーなどの大きなスキー場もあります。

カリフォルニア州はギャンブル禁止ですが、ネバダ州はラスベガスがあるようにギャンブル天国です。タホ湖畔では、州境のカリフォルニア州側にモーテルなどの宿泊施設が並び、ネバダ州側にホテルとカジノの施設があります。私は安いモーテルに泊まり、ネバダ州のカジノに通いました。


カジノで最も還元率が高く、勝てる可能性のあるのは、ブラックジャックだと教えてもらっていました。スロットマシンは金を捨てるだけだし、ルーレットやバカラはディーラーの腕に勝てないとも。

カジノのブラックジャックコーナーに行くと、手前から5ドル、50ドル、500ドルのテーブルが並び、手前の方のディーラーは若い女性、奥の方の高いテーブルではタキシード姿の男性でした。当然、いちばん手前の女性ディーラーのテーブルに向かいました。

今、考えると恥ずかしいのですが、その時にはカジノのマナーを全く知らず、チップの購入からゲームへの参加、追加カードの要求など、すべて口に出して尋ねました。リゾートにあるラフなカジノですから、客とディーラーの間の冗談のような会話も多く、私の口の多さも最初は問題にならなかったのですが、とうとうディーラーの女の子が『お前は、しゃべり過ぎる "You speak too much"』と呆れたように警告を発しました。

実は、カジノではすべて無言でゲームするのです。お金をポンと置けばチップに交換、ゲーム参加は賭けたいチップを所定の位置に置けばカードが配られ、チラッとカードをみてScratch(カードの端をテーブルにつけて、引っ掻くような動作を)すると、追加のカードがポンと飛んで来ます。ステイの場合はそのまま伏せるだけ、もう一度、Scratchすれば追加のカードが来ます。

Double Down というゲーマー側の権利があるのですが、それを行使する際は、言葉でそれを宣言するのではなく、ただ黙って賭金を元の賭金の横に追加して差し出せばよいだけです。

それら全てを知らず、口に出していたので、ディーラーの女の子は相当にイラッとしたのでしょう。つい、調子を乱してしまいました。

賭け事というのは、波があります。調子のいい時、調子の悪い時があって、いかに調子が悪い時に凌ぎ、いかに調子のいい時に攻めるかというのが賭け事に勝つ『こつ』です。

ブラックジャックがいいのは、その波をみる事ができること。ディーラーの調子がいい時には、お盆に飲み物を載せて回ってくる女の子にチップを渡して飲み物を貰い、ゆっくり寛いでいて、ディラーが負けだした時に、トントントンと賭けるのです。

結局、その時は、2000ドル以上勝つことができ、モーテルの宿泊費からスキー場のリフト代まで、すべて払うことができました。ビギナーズラックもあったのでしょうね。


一方、パチンコ。これは、学生時代に研究しました。下宿のすぐ近くのパチンコ店がその対象で、毎日、ヒマを見つけては通って、良く出ている台とその釘をチェック。当時のパチンコ台は、釘とチューリップ全盛の頃で、良い台を選べば腕に関係なく勝つことができました。店側の方は、あまり出過ぎる台については、閉店後に『釘を締める』のですが、全ての台をいじっている訳ではないので、『開放台』も多かったのです。

出玉を満載したトレーを何段にも積み上げて、それに足をかけて打っている時の快感は未だに忘れがたく、今でも時々はパチンコ屋を覗く私です。(それって、ギャンブル依存症!?)