ドイツの古城にて

Trapped in an old castle in Germany


それは、ある初夏のことだった。南ドイツのシュロスリンベルグという避暑地で小さな会議があった。ヨーロッパ各国からの参加者が主で、日本からの参加者を含め総勢30人ほどのこじんまりした会議だった。会場は、避暑地を見下ろす丘の上に立てられた城で、そこに月曜日から金曜日まで一週間、缶詰になっての会議である。

ヨーロッパでは、よく古城をホテルに改造しているケースがあるが、ここは主として会議用に改造したようで、設備の整った会議室と大きなレストラン、宿泊のための多くの部屋を持っている。石造りの重厚なお城で、城壁の大きな門を閉められたとたん「会議中は脱走できないなあ」という感じ。

支配人に私の部屋として案内されたのは湖を望む大きな部屋。たてよこ20メートル以上、天井まで届く大きな暖炉があり、壁には数メートル四方の大きな肖像画がいくつもかけてある。ベッドは何と天蓋付きのもの。マットレスの高さが胸くらいまであり、何だか巨人の部屋に迷い込んだみたいだ。

あとで聞くと、この部屋は「木と肖像画の部屋」と呼ばれるその城の代表的な部屋で、日本からはるばる来た客人のために特別に用意したのだそうだ。ところが、こちらは日本では「うさぎ小屋」に暮らす身、部屋が大きすぎて落ち着かない。枕元のライトだけにすると光が届かず、広大な洞窟の中にひとりぼっちで居る感じ。暗闇のむこうに肖像画の目が光っている。


私はいつも海外旅行には巻き取り式の物干しケーブルを持っていく。普段はこれを部屋に張り、毎日洗濯する。毎日洗濯というとマメなようだが、実は風呂に入る時に下着をタオル代わりにして体を洗い、そのまま下着を干しておくのだ(これって、服ごと風呂に入るのと変わらないなあ)。その時もケーブルを張ろうとして困った。長さが3mしかなく、一辺が20メートルの部屋のどこにも届かない。天蓋のベッドに片方を結んでも、壁まで4メートル以上あるのだ。いろいろ試行錯誤したあげくに、肖像画を留めている金具と壁にかけられた鹿の剥製の角(つの)までがちょうど3メートルで都合が良いことがわかった。

次に通信回線の確保。会議用に改造されただけあって最新型の電話機が置いてあり、ダイアルアウトでどこにでも接続できる。ただ、コネクタがドイツ方式なので、例によって電話機を分解し、ワニ口クリップでモデムカードに接続した。ミュンヘンのノードに電話してインターネットに入り、正常に日本のメールサーバーに接続できることを確認した。

あとは、コンセントだ。私は海外旅行には超小型の電気鍋とコップに入れる湯沸かしヒーターを持っていく。お茶漬け海苔やアルファ米、即席ラーメンを鞄にしのばせ、西洋料理に食傷した時に自分で作って食べる。サイリスタ制御の電圧変換器をコンセントに取り付けて完了。


その日も、毎日のドイツ料理に飽き飽きした私は、昼食会場を抜け出して自分の部屋に戻り、チキンラーメンを作って食べていた。食べながら電話機を分解してワニ口クリップを繋ぎ、日本のニュースを見てメールを受け取った。のんびりしていたら、突然ノックの音。「誰が来たのだろう?」と不審に思いながらドアを開けたら、その城の支配人とその後ろに会議の参加者全員が居た。

「ど、どうしたのですか?」
「実は、今日は城の中のエクスカーション(観光案内)をやっているのだ。お前の部屋を案内したいのだが、見せてくれないか」
「ちょ、ちょっと待って下さい」

私は顔面蒼白。
部屋といえば、鹿の剥製と肖像画の間には洗濯のロープが張られパンツがかかっている。電話機は分解され、ばらばらになっているし、ラーメンは食べかけ、食堂から盗んできたビールが散らばっている。あまつさえ、整理能力の欠如した私の荷物はあちこちに散らばっている。あわてて、パンツを隠し、電話機とラーメンの上にシーツをかけた。

ドアを開けると全員が入ってきて、支配人の口上が始まった。

「この部屋はこの城でも代表的な部屋で『木と肖像画の部屋』と呼ばれています。床を含めて全ての調度品に木がふんだんに使われています。窓からは湖も一望できます。さあ、目を閉じて息を大きくすってみて下さい。木の香りがするでしょう...」

ところが、参加者が目を閉じて息をすってみたら、チキンラーメンの香りしかしなかったのであった。

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