チェルノブイリの教訓は、なぜ福島に生かされなかったのか


1986年に起こったチェルノブイリ原発事故以来、25年にわたる追跡調査の結果を最終的に纏めた、ロシア政府報告書(GEPR「最終章・結論」が公開されています。日本語訳はここ
(日本政府をはじめ多くの国々でも暫定的な報告書がありますが、当初は直接被害と間接被害の区別が難しく死者数の推計は困難でした。最終的には、長期的な追跡調査を行ったこのロシア政府報告書と、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ3国とIAEA(国際原子力委員会)や国連の報告書「チェルノブイリの遺産」が最も信頼すべき報告書と思います。それらの結論は全て同じです)

その結論は、

1.急性放射線障害による直接の死者は50人。

2.汚染されたミルク・乳製品のため(事故隠しをしたソ連政府の責です)、甲状腺ガンで10人が死亡。

3.それらよりも、精神的ストレス、慣れ親しんだ生活様式の破壊、経済活動の制限、事故に関連した物質的損失といったチェルノブイリ事故による社会的・経済的影響のほうがはるかに大きな被害をもたらした。

です。

端的に言えば、チェルノブイリの最大の教訓は、放射能による直接的な死者よりも、過剰避難により大きな被害と多くの死者(約4000人)を出し、放射線に対する過剰な怖れから数千件という中絶を招いたことだったのです。


これらの重要な報告書は、日本では殆ど報道されませんでした。

ジャーナリズムも、一部の実際に現地に足を運んで調査を行ったジャーナリストや記者は、現実の被害を見極め、避難地域でも帰還者の人々が普通に暮らしていること、毎年1万人を越える観光客が訪問していることなどを報道しています。例えば、石井孝明氏によるチェルノブイリ原発事故、現状と教訓-日本で活かされぬ失敗経験

事故後20年が経過した時点で、国連8機関(IAEA,FAO,UNDP,UNEP,UN-OCHA,UNSCEAR,WHO,世界銀行)ならびにベラルーシ,ロシア連邦,ウクライナ政府は,2003年にチェルノブイリ・フォーラムを設置し、「チェルノブイリ:前進のために過去を振り返る」を2005年9月6〜7日にウィーンのオーストリア・センターで国際会議を開催しましたが、その際の日本と欧米のマスコミ報道の違いについて、放射線影響協会の金子正人氏は次のように記しています。

5.日本と欧米のマスコミ報道の違い
9月5日のプレス発表の内容を伝える日本の新聞各紙は,「チェルノブイリ被曝死4,000人」といった見出しで,死者の数のみを強調し,事故の影響が予想されたほどでなかったことに力点を置く欧米の報道とは対照的であった。9月8日付け New York Times 紙の社説は,次のように伝えている。「チェルノブイリ事故は,健康被害も環境被害も当初恐れられていたよりはるかに少なく,重大事故ではあったが,catastrophe ではなかった。公衆の最大の健康被害は,極めて誇張されたリスク観念に基づく精神的な被害であり,不安にかられ,宿命論者になり,薬物・アルコール依存,失業,無気力をもたらした。この知見は,テロ攻撃によるにせよ,事故によるものにせよ,原発からの放射線(能)の大量放出に対処する際の手がかりを提供している」

このチェルノブイリの教訓、『極めて誇張されたリスク観念にもとずく過剰避難、ストレスこそが被害を大きくする』は、福島には全く生かされませんでした。それどころか、大手マスコミが恐怖を煽り、帰依する人々が有害な情報を撒き散らし、民主党政権の悪政もあって、被害を大きくしました。

国際標準に比べて非科学的に低い、1mSv毎年を目指すとか(国際的には20mSv毎年)、食品は1kgあたり100ベクレル(国際的には1000ベクレル)という値を定めたのです。これにより、福島の復興を遅らせ、被害を拡大し、被災者の帰還を遅らせ、無駄に災害対策費を浪費し、そして今なお、ストレスにより大きな被害を出しているのです。


なぜ、チェルノブイリの教訓が生かされなかったのでしょうか。

日本のマスコミが正しい報道をしないからです。日本のマスコミの問題点でも指摘しましたが、最低限の事実を書くことなく、自分の都合に合わせて事実を曲解し、皮相的、感情的で、いたずらに不安を煽るという傾向があります。その方が商売的に注目を引いて儲かるから。しかし、そういうマスコミは今後、少しイタい大人たちの高齢化に伴い視聴率や購買率を落とし、多様な情報源のある中で、若い世代に信頼されず没落していくことでしょう。

特に、『首都壊滅』とか、『東日本から避難せよ』などと、過剰避難を煽った一部マスコミの罪は大きいと思います。

事故から5年以上が経過し、冷静に見れば、今、残っている問題は次の3つに集約されます。

1.除染が残っており、避難者が帰還できない
2.食品の放射能レベル規制
3.大量のトリチウム水の処理

1.については、非科学的な1mSv毎年でなく、世界標準の20mSv毎年という値、せめて5mSv毎年を選択しておれば、既に大部分は帰還できていたのです。それでも、やっと浪江町や大熊町の大部分の帰還の予定が決まったというのは嬉しいニュースです。

2.についても、非科学的な1kgあたり100ベクレルでなく、世界標準の1kgあたり1000ベクレル(内部被曝は1mSv毎年相当になる)のままであれば、福島の農業の復興はもっと楽で早かったでしょう。100ベクレルとして内部被曝は1mSv毎年が0.1mSv毎年になるだけですから、メリットは殆どというか全くありません。単に世間が怖がり、風評被害を拡大するだけだったのです。そのため、福島以前からあった静岡のお茶とか青森の干し椎茸、その他、測定対象となった地域の関係のない食品で、従来の基準であれば普通に食され、輸出できていたものが、廃棄を余儀なくされ、輸出できなくなったという馬鹿げた被害も出ています。

3.福島原発の空撮写真をみると、トリチウム水のタンクが並び大変そうですが、これも国際放射線防護委員会(ICRP)の罪で書いたように、ごく微量の放射性物質も確率的に被害を引き起こすとしたICRPの原罪のせいです。もっと濃いトリチウム水を韓国の重水炉(日本にない原子炉のタイプで大量のトリチウムを作ります)は日本海に垂れ流しています。それが悪いのではなく、希釈して放出すればいいというのが国際標準です。

つまり、チェルノブイリの教訓が正しく報道されず、曲解された危険性だけを煽られた日本では、自分で自分の首を締めて、被害を拡大させてきたのです。

多くの死者を出し、不可逆の環境被害を与えているのは、どちらなのか へ続く