ホントに辛かったこと


『○○さん、いま体重何キロですか?』

『約80kgです』

『その体重が半分の40kgになるでしょう』

骨髄移植の相談に今の病院に来て、成功率3割と言われた際の医師との会話です。

私の年齢と症状では、相当な覚悟をして骨髄移植を選択しろという意味だったようですが、今のところ、予想以上に上手くいって、体重は約80kgをキープしたままです。(もう少しスリムになっても良かったのですが)

このHPでは、できるだけ前向きに、読んだ人が不快にならないように、ホントに辛かったことは書きませんでした。ただ、退院の予定が見えたいま、記録として少しだけ残しておこうと思います。


一番、辛かったのは、再発して、全身の骨の痛みと高熱にうなされた、6回目の抗がん剤治療。正直言って、あまり記憶が無いのです。

痛みは、モルヒネ系の鎮痛剤を投与しても、身体を動かす度にその部分に激痛が走りました。寝返りをうとうと腰をひねろうとすると、腰骨が鋭く痛みました。足の骨が痛く、立つことも歩くこともできませんでした。

40度を超す高熱が1週間以上続いた時には、ベッドに横になっているだけでも辛く、息が切れて、心臓の鼓動は120以上、眠るどころではありませんでした。いろいろ姿勢を変えて、楽な姿勢を探すのですが、どんな姿勢をしてもダメで、一晩中、ベッド上で唸っていました。

頻発する下痢でベッドを汚すので、オシメをしていた時でした。個室の中のトイレの便座にすわり、頭を心臓より低くするように前屈し、頭を点滴台で支えると最も楽だということを発見しました。おしりは便座に露出していますから、大も小もいつでもOK。ベッド上で眠れなかったのに、その姿勢でウトウトと1時間以上、眠ったこともありました。

高熱でうなされ、譫言を言ったこともあったようです。

ある日、妻が見舞いに来ると、私が『今日は短歌の日だから』何かを看護婦さんに聞けというような事を言っていたそうです。看護婦さんは『高熱で混乱しているのです』とひとこと。

微かに記憶があって、病院でいい薬を使うために短歌コンテストがあって、短歌の下の句を上手く作らなくてはいけない、そうすれば特効薬を使ってもらえると私は思い込んでいたようです。夢と現実がごっちゃになっていたんですね。

『上品な譫言で良かったね』と妻。確かに・・・。

PICC(周辺挿入中心静脈カテーテル)の挿入口から感染し、右腕がパンパンに腫れた時も辛い一週間でした。

すぐに左腕から無理矢理PICCを入れたため、右腕も左腕も真っ直ぐな状態を保たないといけなくなったのです。

両腕が真っ直ぐな状態でしか使えないので、食事の時は腕を真っ直ぐにしてスプーンで食事をとりわけ、次に口だけも持っていって犬食いでした。

今の病院に移って辛かったのは、胃のシクシク痛みとキリキリ痛み。結局、抗生剤や免疫抑制剤の点滴と相性が悪く、アレルギー反応的に私の胃が痙攣を起こすせいだったのですが、免疫抑制剤には代替の薬がなく、モルヒネで痛みを和らげながら、眠れぬ夜を過ごしたのでした。

骨髄移植時の口内炎を予防するため、一度に3本抜歯した時の歯の痛みもありましたが、これは2晩くらいで終わりましたし、鎮痛剤で抑えることもできました。

以上のような辛い時でも体重はそれほど落ちませんでしたから、体重が半分になるような治療とは・・とホントに怖かったのです。