民主主義の限界

Limits of Democracy


人類は古代から様々な政治体制を試してきました。王政、共和制、貴族制、直接民主制、間接民主制(議会民主制)、絶対君主制、立憲君主制、一党独裁、などなど。

私たちは民主制こそが最良の政治体制であると教育を受け、代表者を介さない直接民主制こそが理想であると極論する人もいます。

しかし、人類の歴史をみれば、民主制は決して最良の政治体制ではありません。民主制は戦争を引き起こしやすく、ポピュリズムや衆愚政治に堕しやすく、そして無駄にリソースを浪費して、国を滅ぼす例が多いのです。

人類の歴史をみれば、最も長く平和を保ち、繁栄したのは、五賢帝時代の帝政ローマであり、1000年にわたって地中海を支配した共和制のヴェネティア共和国であり、将軍を頂いた日本の江戸時代です。

我々は民主主義の限界を認識しなければならないと思います。民主主義は優れた政治体制ですが、民主主義には『民意の暴走』を防ぐしくみが不可欠です。例えば、米国の複雑な大統領選挙や日本の参議院の存在もそのための工夫でしょう。

メディアによる正確な情報と、有権者による責任ある判断が無ければ、民主主義は容易に劣化し、国としての大局的な判断を誤ることになります。

写真は、ヴェネティア共和国の十人委員会の部屋です。ヴェネティアは、元首(ドージェ)を代表とする完全な共和制であり、ラグーンに浮かぶ小さな国ながら、1000年にわたって地中海を支配しました。

その秘密は、各国に大使館を置き、スパイを放ち、膨大な外交情報を集めて、重要な決定は秘密保持のために評議会ではなく、10人委員会のこの部屋で決定したことです。ペルシアやヨーロッパの諸大国に囲まれた困難な国際環境の中にあって、戦争をできる限り回避し、平和と繁栄を勝ち取ったのは、この部屋での少人数の政治のプロたちの決定が優れていたからです。全ての情報を開示し、国民の選択に任せる民主制においては、ヴェネティア共和国のような綱渡り外交は不可能だったでしょう。



ヒットラーを生んだのは、当時、世界で最も民主的といわれたワイマール憲法下のドイツでした。

日本が勝つあてのない太平洋戦争に突っ込んでいったのは、普通選挙が始まり、政党政治がポピュウリズムに陥り、世論が戦争を煽ったためであると、NHK出版の『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』のシリーズは説明しています。

世界で初めて直接民主制を実現したアテネは、民主制といいつつ、ペリクレスが独裁的な政治を行っている間は繁栄しましたが、その後、衆愚政治に陥り、衰退しました。

最近では、日本の『決められない政治』は、日本のリソースを浪費し、国力を無駄に使うことになったことは記憶に新しいところです。

一方、中国は一党独裁で民主制ではないので社会不安に陥り崩壊すると言われつつ、これまでのところ、うまく国を運営して国力を高めてきています。弾圧や粛正などのネガティブな面があるとしても、10億を超える国民を飢えから救い、今日の繁栄を築いたのは評価すべきであると思います。


事故から5年近くがたち、やっと冷静な議論ができるようになった福島原発事故では、客観的で科学的な事実に基づかない流言飛語が飛び交い、何が正しい情報なのか、問題解決の優先順位が何なのかも分からなくなってしまいました。

善意による間違った情報の拡散もあり、善意には歯止めがない分、時として悪意以上の被害をもたらしました。

遂には、世論やメディアに押される形で、食品中の放射性物質の基準や年間1mSvまで除染すべきという方針が決まりました。食品中の基準を決めた委員会は、厳しくすればするほど『良くやった』と誉められる状況だったので、必要ないほどの厳しい値を決め、その結果として、福島事故による放射能汚染の全くなかった青森の乾燥シイタケが基準値超えで出荷できないなどの被害をもたらしました(注1)。また、除染のための費用が膨大になり、多くの人々がもとの生活に戻るのを妨害しました。

日本全体を考えたリスク評価、リソースの最適化という観点からいえば、福島での無駄な除染費用(注2)を、今後、間違いなく予想される東海地震や首都圏地震対策に振り向ければ、将来、多くの人の命を救えるでしょう。

優れた独裁者による政治、少数の指導者による共和制政治であれば、民主主義の結果としての無駄なリソースを浪費することなく、最適の対応ができたかもしれまっせん。しかし、もし独裁者や共和制指導者が間違っていれば、民主主義よりも更にひどい結果を引き起こすことから、現在の我々は民主主義を選択しているに過ぎないのです。

民主主義を守るためには、『発言には責任が伴う』という事を、民主主義の原則として認識すべきと思います。無責任な発言は時として人を殺し、家庭を壊し、国の進路を誤らせるのです。

一部のメディアや活動家、そして有名人たちが、客観的で科学的な事実に基づかず、風評被害を拡大し、ついにはウソの情報まで垂れ流して、被災者を助けるどころか自分たちのイデオロギーのために足蹴りにしている状況は、民主主義の負の側面を示していると思います。

事故から5年近くがたち、すでに誤りが明らかな情報や今後、明らかになるだろうウソの情報に対して(注3)、各メディア、各有名人はどう責任をとるのでしょうか。この責任追及は今後必要であって、それがなければ、民主主義は容易に劣化すると思うのです。

注1)人間の体には、6000ベクレル程度の放射能を含む。体重60kgで6000ベルレルということは、もし人間の体を乾燥して6kgにしてしまうと、1000ベクレル/kgになる。乾燥しいたけの基準値500ベクレル/kgというのは、それより厳しい値であって、福島事故がなければ、日本全国、普通に食べていたレベルです。それが、100ベクレル/kgでも検出されたとたん、『子供に食べさせるな!』『販売するとは何ごとか!』の大合唱。問題なのは、これが悪意でなく、善意に基づくものであることで、善意にもとづくものでも、科学的で責任ある判断に基づかないものは、結果として悪意以上の被害をもたらします。

注2)福島第一原発事故に伴う除染について評価と助言のために来日した国際原子力機関(IAEA)の専門家チームが2013年10月21日に報告書をまとめた。報告書では、『年間1ミリシーベルトという追加被爆線量の政府目標は必ずしも達成する必要はない。環境回復に伴う利益と負担のバランスを考えて最適化する必要がある』とした。世界にはブラジルのガラパリをはじめ、年間10ミリシーベルトを越える地域が多くあり、それらの地域での科学的な疫学調査は多くの科学者により、何世代にもわたる追跡調査が行われていて影響が無いことが分かっている。科学的には、放射線による人体への影響が確認されているのは、短時間に100ミリシーベルト以上浴びた場合であって、その場合でも、被曝線量が100ミリシーベルトで発癌率が生涯で0.5%増える程度である。2013年度までに除染のために政府が計上した費用は1兆3000億円にのぼり、いまなお多額の税金が無駄に使われている。

注3)私が目にした、すでに否定されている情報、今後、誤りが明らかになるだろう流言飛語だけでも、以下のようなものがあります。
週刊現代(講談社):福島原発事故で日本人が大量に「がん」になり、子供は「奇形」だらけになる。
ダイヤモンド社:東京が壊滅する。
広瀬隆:東京を含む東日本地域住民の中で、これからガンや心筋梗塞などが必ず激増する。タイムリミットはあと1年しかない。
早川由紀夫:福島で米を作ろうとする農家は殺人者。福島県で育って放射能を浴びた娘は我が家の嫁には迎えないが、これは合理的な理由があるからで差別ではない。
小出裕章:福島はチェルノブイリ以上の被害をもたらす
武田邦彦:国の放射線被曝限度は1mSv/年だ
朝日新聞:プロメテウスの罠。吉田所長の調書については誤報を認めたが、一連の「プロメテウスの罠」の放射能デマは酷い。これに日本新聞協会賞を与えたのは、新聞業界の自殺行為といえる。