治療日記

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2015年10月31日(土)

今日10時に抗がん剤治療開始。

最初の3日間は、イダマイシン23mgを30分で、キロサイド195mgを23時間で投与。次の4日間はキロサイドのみ195mgを23時間で投与。吐き気止めのカイトリル1Aも毎日投与。

写真のオレンジ色のやつがイダマイシン。見るからに強力そう。

看護婦さんが次々に来て、『吐き気しませんか』、『痺れは無いですか』と聞くけど、特に今のところ変化なし。



2015年10月30日(金)

昨日、心電図などの配線が外れ、点滴スタンドを転がしながらベッドを離れることが出来るようになりました。

どうやら入院した時に『こいつは危ない』と思われたらしく、ナースステーション隣の重症者の部屋に入れられて、ベッドに縛り付けられて何かする度に看護婦が飛んできたのですが、経過をみると『大丈夫そう』となって、『菌を十分に叩いて、来週初めから抗がん剤治療を始めましょう』と言われたのが昨日。

昨日から、点滴スタンドを転がしてアチコチ探検して回ってたせいか、さっき医者が来て、『お元気そうで、数値もいいし、来週まで待つ必要無いですね、明日から抗がん剤治療を始めましょう』とのこと。抗がん剤治療の前にヒゲも髪も剃ろうと思っていたし、日曜日までは来客もいいよと言ってあると言ったところ、『髪が抜け始めるのは1週間以上かかるし、無菌室に移っても来客いいですよ』との返事でした。午後に無菌室に移ります。



2015年10月27日(火)

入院二日目。

ガン化した白血球のために、貧血を引き起こして心臓や他臓器に負担をかけていたのか、心電図も異常を示し、肝臓や腎臓などの数値も最悪だったようで、ベッドはナースステーションの隣で完全看護体制です。少し動くと、心電図の異常でアラームが鳴り、看護婦さんが飛んでくるので申し訳ないみたい。

本人はその自覚が無いので、スマホやパソコンをいじろうとしてアラームを出して、ご迷惑をおかけしました。



2015年10日26日(月)

整形外科クリニックからの紹介状をもって、大学病院の血液内科を訪ねました。

ホテルをチェックアウトし、8時半の受付と同時に血液内科の窓口に書類を出して、待つこと2時間、血液検査に行けという指示を受けて、更に待つこと1時間半。11時半頃になってやっと診察になりました。

血液検査の結果を手にした医師
『まず当面の病名としては播種性血管内凝固症候群(DIC)ですね。白血球数が5万を超えており、白血病の疑いがありますので、検査入院が必要です』
『重要な出張と会議があるのですが、入院のタイミングは1ヶ月後という訳にいきませんか?』
『私も研究者としてお気持ちは分かりますが、すぐに検査し、治療に入らない限り命の保証はありません』
『どの程度の緊急性ですか?』
『1−10の段階でいえば、もう9という段階です。猶予はありません』

うちの奥さんはこの状態を予測していたらしく、入院のための準備はトランクの中に持ってきていた。慌ただしく入院の手続きをして、午後にはベッドの上。

医師団が来て自己紹介のあと、まずは検査を行います、ということで腰のあたりの背中側から針を入れて、骨髄の中の血液の採取(いわゆる、骨髄穿刺−マルク)を始めました。ところが、血液が採れないようで、何度か針を変えて生検用の骨髄液だけが採れたとのこと。MRIで脊髄の中に血が無いと言われたと言うと、年齢とともに骨髄の方には血が無くなるので、胸骨から採ってみます、という訳で、胸の胸骨から針を入れて血液採取を試みたが、これも失敗。

若い女医が点滴用の針を入れます、と宣言して、右足付け根の毛剃りをしてから、点滴用の針を刺す。これも、あっという間だが、十分に痛かった。

心電図の配線もして、『ベッド上安静なので、尿はすべて尿器に入れてください』と、完全にベッド上の住民になりました。


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