治療日記

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2015年12月28日

白血球数は400まで下がりました。今が一番低い時でしょう。 赤血球は2回の輸血により、どうにか7を保っていますが、血小板が3を切り危険領域です。今日の午後は血小板輸血ですね。



2015年12月24日

今日、貧血騒ぎを起こしてしまいました。

シャワーを浴びたあと着替えている時に、突然、貧血で視野がせばまって倒れそうになりました。転倒してはまずいと思い、シャワールームの床に自分で横になって、エマージェンシーボタンを押しました。そして、そのまま意識喪失。
看護婦さんによると、3−5分くらい意識がなかったそうです。気がつくと、担当医師らが心配そうに覗き込んでいて『頭を打ったかもしれないかたCTの準備!』と叫んでいる医師もいました。
『自分で横になったのでCTの必要はありません』と答えて、立ち上がろうとしましたが、クラクラして立ち上がることができません。車椅子で部屋のベッドまで運んでもらって、やっと体調が戻りました。
想像以上に赤血球数が下がっていたんでしょうね。医師によると昨日朝の血液検査で『本来は昨日輸血すべきだったんだけど、休日だったし、元気そうだったから』今日にしたとのこと。

赤血球と血小板の輸血をして、明日の朝の血液検査を待ちます
。 現在、熱もなく、体調は普段どおりです。



2015年12月24日

メリークリスマス!!

昨日の血液検査では、白血球数は600に下がり、赤血球(Hb)は6.3、血小板(PLT)も3.8に減少していました。
赤血球、血小板とも危ない値なので、本日は転院してから初めての輸血です。

体調自体は良くて、36度台の平熱、血中酸素濃度98%、血圧も正常(120-75)です。



2015年12月21日

抗がん剤を12/14, 12/16, 12/18と3日間入れてからの白血球数(WBC)、赤血球(Hb)、血小板(PLT)の変化です。
今朝の血液検査では、白血球数は1000個になっていました。

抗がん剤の点滴も終わり、いまは待つだけです。


嬉しいのは肝機能の数値がまだ高めとはいえ、基準値に近づいていること。また、体内の炎症を示すCRP値が、殆どゼロで基準値であること。第1回目の抗がん剤治療の時は、この値が高い事が問題でした。



2015年12月18日

クリーンルームに移りました。

アイソレーター(空気清浄機)が天井についているので、広々として綺麗です。部屋の中に空気の流れがあるので、面会者(2親等までに限る)は、入口の方(空気の流れの下流側)に座ります。

今朝、白血球数は1600まで下がりました。好中球の割合が56%なので、好中球が1000個弱。いいタイミングですね。今日、抗がん剤を2回入れて、今回の抗がん剤投与は終了です。



2015年12月16日

朝10時から抗がん剤投与。今日も3時間の投与を朝と夜です。朝の血液検査の結果を貰いましたが、白血球は投与前の4000-5000から2700に落ちていました。好中球の割合が48,7%なので、好中球数は1300。好中球がバイ菌と戦うので、1000個以上あればまだ大丈夫です。

体内の炎症を表すCRP値が前の病院では5以上と高くて、それでカビ感染だ、隠れた炎症があると騒がれた訳ですが、転院直後は6.94だった値が、今朝は0.16とほぼゼロ。これは嬉しい。

あと、肝臓など他臓器関係はまあ高めですが、標準値の倍以下なので、治療中の値としてはまあまあなのではないでしょうか。ガンマGTPは前の病院で一旦80以下に下がっていたのですが、今朝は113でした。



2015年12月15日

1日目の抗がん剤投与が深夜に終了。今日は投与がお休みで明日2回目、更に一日空けて18日に3回目の投与の予定です。今のところ、体に異常なし。吐き気もなく、体温も平熱です。

この病院の食事がいいので、もし吐き気で食べられなくなったら勿体ないかも。写真はランチの一例。ホタテと青菜のすまし汁が絶品、太刀魚の塩焼き、茄子のはさみ揚げ、ドレッシング付生サラダ、どれも美味しくて満足です。



2015年12月14日

朝7時に血液検査を行った後、本日から抗がん剤治療開始。左手に点滴針を刺し、吐き気止めの点滴を行ったあと、1日2回、午前11時と、午後10時に、それぞれシタラビン4100mgを3時間で投与します。今回のシタラビンの濃度は、この前の寛解導入療法の時の濃度と比べて約20倍。骨髄の中まで浸透して、骨髄中のガン化した白血球を完全消滅させることを狙っています。第1回目の時に副作用が出なかったといっても、出る場合があるとのこと。目に炎症が出ることがあるので、今回は目薬も処方されています。



2015年12月11日

入院しました。今度の病院は自宅のすぐ近く。実際に、病院の窓から自宅が見えて、双眼鏡があれば手を振っているのがわかるくらい。やはり自宅が近いというのは心強い。

血液検査などのあと、担当医と今後の治療方針について面談しました。骨髄穿刺の結果などを病理担当医師とみているが、完全寛解に入っているかどうか、一言でいうと、グレーです、とのこと。完全寛解になったとは言えない、かといってそれほど悪い状況ではない。従って、いわゆる地固め療法を行って、その経過をみて、その後の治療方針を検討することになる。具体的には、月曜日から大量の抗がん剤(キロサイド)を1日おきに3日間投与する化学療法を行うので、約4週間の入院になる。その後、1−2週間の自宅療養を経て、地固め療法を続ける場合には、再度、1ヶ月の入院になるという予想でした。

ネットで調べると主治医は、白血病の分野で日本でトップクラス(従って、世界でもトップクラス)の医師のようで、看護婦長も自称『この分野で日本一』とのこと。信頼して任せられるチームのようで安心です。



2015年12月5日

今日は自宅から公園を通って、病院まで歩いてみました。自宅から転院先の病院まで直線距離だと1.4kmほどですが、途中に大きな公園があって、その中を通ると道のりにして2kmあまりでしょうか。

公園にはまだ紅葉や銀杏の葉が残っていて、青空をバックに色鮮やかで、久しぶりに和みました

それにしても筋肉って、すぐに無くなるんですね

以前はあっという間に公園一周できたのに、出口が遠い!



2015年12月4日

今日は自宅からの通院で、処置室に行き、腰の背中側から針を入れて骨髄から採血をしました。

最初の抗がん剤治療で完全寛解に至ったかどうか、重要な検査ですが、以前の病院に入院中は何度も試みて採血できなかったもの。痛く辛い検査で気が重かったのです。

ところが今日は、すんなりと採血できて、『ついでに生検用のものも採っておきましょうね』という軽いノリで太い針も刺して、でも痛くもなければ辛くもない。技術なのかなあ、設備なのかなあ。これまでの辛さはなんだったんだと、終わったあと、テラス席のあるおしゃれなカフェテリアを眺めながら、つい涙ぐみました。

写真は今度の病院の平面図の一部。陽子線治療施設や、MRI、CTなどの最新の装置の部屋が並んでいて、心強いです。



2015年12月2日

長い一日でした。

朝の体温は36.5度。ひさしぶりに平熱の36度台です。身体が今日は転院だ、熱なんか出してる場合じゃないと思っているんでしょうね。窓から見える朝焼けが綺麗で、雲もなく快晴です。

朝10時、時間どおり、松山から飛んできた実兄と、青森から新幹線でやってきたうちの奥さんが姿を見せました。医師からの最終伝達事項を聞いて、転院手続きをして、部屋にある私物や冷蔵庫の中のものをすべてトランクに詰め、11時10分には病院の玄関のタクシーの客となりました。外の空気を吸うのは5週間ぶりです。

新幹線に乗るときに、チケット無い騒ぎがあって、ギリギリ車内に飛び込んだのが、11時45分。人混みを避けるために、グランクラスの端っこを3席とって落ち着いたのが写真です。



2015年12日1日

大変!!

急遽、明日、転院することになりました。

私を受け入れてくれる医師が米国での学会出張の前に診察したいとのことで、明日中のできるだけ早い時間に病院に着いて欲しいとのこと

やっと、37度まで体温が戻ったものの、ここ10日間のベッドの上での寝たきり生活で、座ることはできても歩くとクラッとする状態でした。しかし、明日、転院の話を聞いたとたん、アドレナリン大放出!血圧が110台から130台に上がり、段取りを考えてメールを打ち始めました。

うちの奥さんは移動中らしくて応答なし。息子や娘も、仕事や子供たちの世話で急に来るのは難しいだろうし・・・と思っていたら、facebookをみた義姉から、『行きましょうか?』との応答。今日の飛行機に空席があるので、今日中に東京に着けば明日の朝には東京から新幹線でここまで3時間で着きそうです。




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