治療日記

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2016年 3月30日 (水)

抗がん剤投与5日目。昼からの1回目と深夜の2回目で今回の抗がん剤投与は終了です。

抗がん剤投与の間、抗がん剤の副作用による結膜炎を防止するために、写真の目薬を1日4回入れます。白血病患者のブログなどを読むと、結膜炎になって目が開かなくなって、しばらく何も見えない、などという人もいるようなので、真面目に目薬を差しています。

今朝の血液検査の結果は、白血球数(WBC)が2800、赤血球(Hb)が8.3、血小板(PLT)が16.2、そしてCRP値は0.1でした。そろそろ白血球が減ってきたので、感染に注意しなくては。



2016年 3月27日 (日)

今回の入院に際しての新兵器です。

タブレットホルダーのフレキシブルアーム。Xperia z4 tabletを取り付けて、ベッドに寝転んだ状態でタブレットを操作できます。特に今回はPICCを右腕に入れたので、利き腕の右手を使わなくても、左手だけで操作が可能なのが便利。

私の昔のボスだった、S.M. さんが見舞いに来てくれました。抗がん剤が始まったばかりで、私の白血球はまだ十分にあるので、無菌病棟から出て、ソファーに座って2時間ほど話をしました。久しぶりに会って、大変楽しい、ためになる会話ができました。



2016年 3月26日 (土)

抗がん剤の点滴が始まりました。

これまでの地固め治療と同じく、シタラビンの大量投与です。26日、28日、30日に、一日2回、それぞれ1回あたり3000mgを投与します。

本日、函館までの新幹線が運転開始。一昨日の医師との面談で退院が決まっていれば、走り始めたばかりの新幹線に乗って、早春の青森に帰れたのになあと思うと、少し残念です。



2016年 3月25日 (金)

第5回目の抗がん剤治療のために再入院しました。

無菌病室に入って、PICC(中心静脈カテーテル)を入れました。これまでは左腕だったのですが、これまでの治療で固くなっていること、前回、少し化膿したことから、今回は初めて右腕に入れました。

若い男性医師が入れたのですが、右腕の血管は左腕よりも更に奥に隠れているので、2回失敗して、3回目でやっと成功。ともかく、無事にPICCが入って良かった。



2016年 3月23日 (水)

本日、担当医師と面談の結果、第5回目の抗がん剤治療を受けることになりました。明後日から入院します。これまでと同様に4週間かかるとすると、退院は4月末になりそうです。

骨髄穿刺の経過をみると、第2回目の治療、第3回目の治療と、染色体異常の割合が順調に減っていて、今回の第4回目できっとゼロになっているだろう(結果は2週間後に分かる)。もう一度やれば、本当の地固めになるから、という理由です。

『明日からにしますか?』と聞かれて、さすがに心の準備ができてなくて、明後日からにしてもらいました。

本日の血液検査の結果では、白血球数(WBC)は5000、赤血球(ヘモグロビン,Hb)は9.6、血小板(PLT)は20と、順調に回復しています。特に、赤血球は退院時の6.7から大きく改善していました。


2016年 3月21日 (月)

高校時代の友人が2人、見舞いに来てくれました。

写真は、お土産にもらった、母校の『がんばっていきまっしょい』のタオルと応援メガホン、愛媛県産の柑橘類ゼリー、讃岐うどん、チョコレート菓子など。松山からここまで、ずっしりと重いお土産を運んでくれた友人に感謝です。

久しぶりに懐かしい顔に会って、時間を忘れて歓談しました。高校時代の友人っていいなあ。

さあ、がんばっていきまっしょい!!



2016年3月19日(土)

夜、鼻の奥がつーんと痛くなって目が覚めました。起きると、水のような鼻水が出ました。

花粉症です。

抗がん剤治療で体質が変わったかもと期待していたのですが、花粉症に変化なし。少し、安心したような、がっかりしたような。


2016年 3月17日 (木)

天気予報によると今日の花粉の飛散は『非常に多い』とのこと。

確かに、病院の無菌病室では全く感じなかった花粉を感じています。

これは、私の部屋のHEPAフィルター付きの空気清浄器で、一日中、がんがん動かしていますが、やはり、病院の無菌病室の状態にはならないようですね。



2016年3月16日(水)

入院中は、温泉卵や生卵は禁止で、殆ど卵を食べることができなかったので、モンサンミシェル風オムレツを作ってみました。

電動泡立て器が無かったので、手で泡立てていたら、急に運動をしたせいか貧血で倒れそうになりました。白血球数は十分に上がりましたが、ヘモグロビンはまだ十分ではないようです。 .



2016年3月14日(月)

週末に熱を出すこともなく無事に過ごしたので、本日、一時退院することになりました。

写真は退院療養計画書です。来週まで、自宅で静養し、通院で骨髄などの検査を受けたあと、更に第5回目の抗がん剤治療を受けるかどうか決定します。

ともあれ、1ヶ月ぶりに無菌病室を出ることができて嬉しいのですが、心配なのは、外はまだ花粉がいっぱい飛んでいること。無菌病室にいると全く花粉を感じませんでした。今年の花粉の状況はどうなんでしょうか。 .


2016年3月11日(金)

数日前から、左腕のPICCを入れている辺りに炎症がおこって、腫れて熱を持っています。少し痛みもあります。赤外線カメラで撮ってみると、38度くらいまで温度が上がっているようです。

今回の抗がん剤治療では、これ以上PICCを使った薬剤の点滴や輸血は無さそうなので、PICCを抜いてしまおうと医師と話しています。

今朝の血液検査の結果は、予想通り、白血球数と血小板数は急激に上昇して、それぞれ1300と8.4になりました。赤血球(ヘモグロビン)も輸血なしで、6.4から6.7に増えています。血液工場が再生したようです。

.



2016年3月10日(木)

昨夜、夕方の時点で熱っぽいなあと感じていたのですが、深夜に熱が出て、38.0度まで上がりました。そのまま眠ったところ、朝、汗をじっとりとかいて目覚めました。下着やパジャマ、枕まで、濡れていて、新しいものに着替えました。

体温を測ると、36.8度。血液製造工場が復活して、私自身の白血球が炎症を抑えたのではないかと、少し誇らしく感じています。

明日の血液検査では、明らかな上昇が見えるのではないかと楽しみです。


2016年3月9日(水)

昨日の夕方から微熱が出て、夜中に測ったら、37.4度でした。

今朝の血液検査の結果で、炎症を示すCRP値が、2.37と上昇。

このまま熱がでて抗生剤の点滴生活が始まるか、それとも私の白血球が復活し始めて炎症を抑えて熱が下がるか、実に微妙なところです。

今朝の体温は37.2度。いま、36度台に下がりました。日中から夜にかけてが勝負です。



2016年3月7日(月)

魔の17日目を乗り越え、18日目に入りました。

炎症を示すCRP値が少し上がりはじめました。

赤血球(Hb)が、5.6に下がったので、今日は夕方に赤血球の輸血です。貧血状態に慣れたせいか、クラクラしても倒れなくなりました。



2016年3月6日(日)

抗がん剤開始後、17日目です。

第2回目の抗がん剤治療の時は、17日目(12/31の大晦日でした)に熱を出して、抗生剤の点滴生活が始まったのでした。

今日がひとつのポイントです。今日を乗り切れば、血液製造工場が再生する21日目(第2回も第3回もそうでした)まであとひといきなので、あとは白血球が頑張ってくれると思います。


2016年3月3日(木)

今日はひなまつり。

夕食は、ひなまつりの特別メニューで、鰻ちらし寿司に桜餅がついていました。お雛様のカードが添えられて。

クリスマスやお正月にも、特別メニューが出て季節感を味わうことができました。無菌病室に閉じ込められていると、このちょっとした心遣いが嬉しい。

でも、配膳を返しにいくと、隣の病室の人をはじめ多くの人が残していました。みんな抗がん剤の副作用の影響で食べられないんですね。



2016年3月2日(水)

今回の白血球数(WBC)、赤血球(Hb)、血小板(PLT)の推移です。

第2回抗がん剤治療や、第3回抗がん剤治療の時と全く同じ推移を辿っています。 今後も同じ経過を辿るとすると、血液製造工場が再生されて白血球数が増えてくるのが、3月11日か12日から、うまくいけば3月14日の血液検査の結果をみて15日には一時退院になるのではないでしょうか。その後、骨髄穿刺の結果をみて、そのまま退院するか、もう1クールの抗がん剤治療をやるかを決めることになると思います。ともあれ、まずは、炎症や合併症を起こさないように気をつけたいと思います。

赤血球(Hb)が、5.9になって、少しクラクラするので、今日は夕方に赤血球の輸血です。



2016年3月1日(火)

抗がん剤投与開始後、12日目です。血小板が下がってきたので、血小板輸血を行いました。今回(第4回目)初めての血小板輸血です。第2回目の抗がん剤治療の時は、抗がん剤投与開始後11日目に、第3回の時は12日目に最初の血小板輸血を行っていますから、前回、前々回と同じ経過ですね。

外では、そろそろ花粉のピーク。でも、無菌病室にいると全く感じません。



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