多くの死者を出し、不可逆の環境被害を与えているのは、どちらなのか


昨年、白血病と診断される直前に、私は中国の蘭州市にいました。

蘭州は、古くからシルクロードの要衝として栄えた街で、私の中ではエキゾチックな西域の雰囲気を残す古都というイメージだったのですが、行ってみると全く違っていました。

周辺に豊富な石油資源があり、それを利用した石油精製、石油化学、鉄鋼などの重工業都市だったのです。中国の10大工業都市のひとつで、それに伴う大気汚染、環境汚染は、中国最悪です。北京よりも環境が劣悪だったのです。

晴れていても視界は1kmくらい(右写真はクリーンな時の写真です)。多くの車で交差点は渋滞し、クラクションの音がホテルの部屋まで入ってきます。


ホテルの部屋の洗面台に、『非飲用水』の表示があり、ペットボトルの水が置いてあります。

当初、生水はダメで、湧かせば飲めるのかなと思ったのですが、細菌などが入っているのではなく、工場からの排水のため、化学物質に汚染され飲み水としての基準を満たしていないのです。


多くの工場は黄河沿いにあり、黄河から取水して、黄河に排水する。その排水基準を守らないので黄河が汚染され、それを水源とする水道水も汚染されているのです。

右の写真は、黄河に架けられた最も古い橋、中山橋から白塔山公園という、蘭州市随一の観光公園を見上げたところ。遊覧船も出て、川沿いにはカップルが座って泥色の川を眺めています。


大気汚染の市街と化学物質に汚染された川。

現在70億人、やがて100億人を越えようとする人類の持続的な発展を維持し、地球環境を守るためには、エネルギー源の選択を誤ってはいけないと思います。無知や誤解や現世代のワガママで、子孫にこのような環境を残してはならないのです。


環境とエネルギーについて、少し難しくなりますが、エネルギー密度で考えてみましょう。

原子力発電は核エネルギーですから、専門的にいえば、MeV(メガ電子ボルト)の世界です。石炭火力や石油、天然ガスは、化学反応エネルギーですから、eV(電子ボルト)の世界です。つまり、メガ(10の6乗)の差ですから、100万倍の違いがあります。例えば、100万kWの発電所を1年間稼働させるのに、石炭であれば、130万トンの石炭が必要ですが、原子力発電では、ウラン0.7トンで済みます。燃料として約100万倍の違いがあるのです。

当然ながら廃棄物も100万倍の違いです。原子力発電の場合、使用済み燃料を処理し、保管が容易でその減衰まで管理可能な低レベルの放射性元素(その中には、医療や産業で有益な元素がたくさんあります)を除いた、高レベル廃棄物は、一人の一生分のエネルギーを出したとして、ゴルフボール3個です。それをウランがもともとあった地中深くに埋め戻そうという地層処分が有力ですが、加速器を使った消滅処理とか、宇宙空間への廃棄なども研究されています。

石炭火力の場合、原子力発電の100万倍の廃棄物が出ます。それが大気汚染を引き起こし、環境破壊をもたらしています。二酸化炭素だけでなく、石炭中に含まれていた硫黄や窒素酸化物、放射能も含まれています。茨城県東海村では、石炭火力発電所が稼働しはじめたとたん、水戸市の放射能レベルが上がりました。石炭火力からは石炭の中に閉じ込められていた放射性物質が開放され、原子力施設以上の放射性物質が出るのです。硫黄までは脱硫装置で除去できますが、放射性物質までは難しいのです。

ブームとなった太陽光発電は、更にエネルギー密度が低いという致命的な問題があります。我々の黄色の太陽からの光のエネルギーは約2.2eV(電子ボルト)。『空気』としての太陽光発電でみたように、鳴り物入りで始まった固定買取制度のために、現在、各家庭は毎月500円以上の再生エネルギー賦課金を支払っていますが、太陽エネルギーの全電力に占める割合は3%程度にしか過ぎません。現在、太陽光パネルは中国が主な生産国であり、ドイツのQセルズなどは価格競争に負けて倒産しました。半導体の製造には四塩化炭素や砒素などの有害物質を使いますが、それを垂れ流す中国の工場に価格的に太刀打ちできないのです。クリーンと言われる太陽電池の製造には、大量の石油や資源が必要で、それは中国の環境破壊の上に成り立っているのです。また、その発電は天候に左右されるので、人類の基幹エネルギーとはなり得ないでしょう。

太陽電池の生産は中国に任せるにしろ、廃棄が大変です。現在、ソーラーパネルを日本中に巻き散らかしている目ざとい事業者は、砒素、鉛、カドニウムといった重金属を含むパネルをきちんと廃棄してくれるのでしょうか。家庭の屋根などで小規模に使う分には、いいのですが、大規模になったとたん、エネルギー密度の低さ故に大規模な環境破壊を引き起こすのではないかと心配です。

廃棄物という観点から、100万倍の効率を持つ原子力の優位さは圧倒的です。

さて、死者数で考えてみましょう。

中国の総発電量に占める石炭火力の割合は76%。大部分の電力が石炭火力で作られ、それが大気汚染を引き起こしています。世界をみても、アメリカ38%、日本30%など、世界中の電力の41%は石炭火力です。

大気汚染が原因による疾病で死亡した人の数は世界で年間550万人に達しています。インドと中国がその半分以上を占め、インドでの死亡者は約140万人で中国は約160万人です。両国で全体の55%を占める計算になります。また、世界では現在でも毎年3万人もが炭鉱事故で亡くなっています。中国の炭鉱事故の死者は、もっと多いとも言われています。

一方、原子力発電による死者は、最悪の事故だったチェルノブイリを含めて、60人程度です。福島での直接の死者はいません。ICRP勧告と誤解に基づく年間1mSvなどという過剰な規制がなければ、既に発電所周辺のみが規制対象になっているでしょう。(トリチウム水も、本当は問題ではなく、もっと濃いものを韓国やロシアは日本海に垂れ流しています。70年は草木も生えないと言われた広島も長崎も、原爆の影響はすぐに消えました。

『原子力発電の最大のリスクは何万人もの人が生活を棄てて避難させられてしまうこと。福島原発の事故では一人の死者も出ないが、東電の賠償額は何兆円、何十兆円にもおよぶと言われている。少なくとも補償金という点では原発は恐ろしく危険なものだ』などという人もいますが、それは、元を正せば、国際放射線防護委員会(ICRP)の罪のせいで,極めて誇張されたリスク観念に起因するものです。

科学的に『20mSv毎年以下は影響なし』としておれば、避難民は限られていたし、賠償額も何桁も少ないでしょう。更に、1mSv毎年、1kgあたり100ベクレルなどという、世界が呆れるような規制値を定め、福島以前からあった農産物や海産物もその規制にひっかかって輸出できなくなるなどという被害を引き起こしていますが、それは東電の責任に帰すべきではなく、いたずらに恐怖を煽った一部マスコミと当時の民主党政権が賠償すべきです。

以上、環境被害と死者数についてみてきました。

原発に対して、一旦、事故が起こると、壊滅的な被害を引き起こし、多くの死者を出し、不可逆の環境被害を与えると言われますが、普通に素直な目でみて、石炭火力と原子力発電と比べて、多くの死者を出し、不可逆の環境被害を与えているのは、どちらなのでしょうか。



注1:中国の大気汚染の原因は石炭火力が主ですから、炭鉱事故と合わせれば、石炭火力による中国人の死者は年間160万人以上です。この状況を改善するために、中国は今後400基におよぶ原子力発電所の建設を計画しています。中国の安全文化からすれば、原子力発電所の事故も起こり得るでしょう。だからといって、中国を非難することはできません。自国民が160万人も毎年死んでいる状況のもと、原子力発電所の事故による死者数は、例え事故が起こったとしても実際には微々たるものだからです。

それとも、中国の人なら、炭鉱で何万人死のうと、大気汚染で何百万人死のうと、知ったことではないというのでしょうか。中国で原子力発電所の事故が起こっても、20mSv毎年以下、あるいは100mSv毎年以下の汚染地の避難は行わないでしょう。行う必要がなく、危険を煽るマスコミも無いからです。その場合、汚染区域は発電所周辺に限られ、情報隠しで対策が遅れたとしても、チェルノブイリの被害(放射能による死者は60人)を越えることはないでしょう。チェルノブイリの教訓は、過剰な避難による生活の変化とストレス、する必要の無かった妊娠中絶で何千人という人々が亡くなったということです。

過剰な安全要求は、安全に寄与しないばかりか、むしろ危険である へ続く