日本のマスコミの問題点


普段はテレビを見ることは殆ど無いのですが、病院で時間つぶしに地上波テレビを見ていると、日本の地上波テレビの3S( Sensational:扇情的、Sentimental:感情的、Superficial:表面的)な報道に食傷してしまいました。特に酷いのは昼間のワイドショーなどの番組。報道も酷いがコメンテーターも酷い。実に表面的で感情的で扇情的です。

例えば最近では、豊洲の盛り土問題。小池都知事を正義の味方、ヒーローに仕立て上げ、石原元知事や豊洲新市場の責任者を悪役にして攻撃のし放題です。技術的にみれば、全面を盛り土にして『臭いものに蓋』をするよりも、各建屋の地下にモニタリング空間を作って管理する方が安全性に優れています。コストの低減にもなり、改善案だったからこそ、実務者レベルの会議や技術仕様書がそのまま通っていったのでしょう。それが議会説明と違うというのは単にコミュニケーションの問題であって、現場の技術者たちは都民のためにより良い安全な市場を作ろうと頑張っていた筈です。

それを、『床に溜まっている水が強アルカリだ』とか『地下水から環境基準を上回る砒素やベンゼンが検出された』などと不安を煽り、全面盛り土をしなかったからこんなに危険な市場になったとの報道です。レポーターやコメンテーターに科学的な知識が無いのが丸わかりの報道で、コンクリートは炭酸カルシウムですから、その上に溜まった水がアルカリ性なのは当然です。環境基準というのは飲み水に対してですから、繰り返して行った殆どの測定ではその環境基準を下回る、つまり飲み水にもできるほど綺麗な地下水であった方が驚きです。何度目かの測定でやっと環境基準を僅かに上回る砒素やベンゼンが検出されたとしても、排水基準よりは遥かに下ですから、単にその水を川や海に排水すればおしまいです。

福島原発事故の際の東電に対する態度でも感じたのですが、そもそも日本のマスメディアは、電気や建築・土木、更には自衛隊など、頑張って日本を支えている現場の技術者などに対するリスペクト(尊敬、感謝)に欠けます。自分達だけが偉いと思っているのでしょうか・・・というのは長くなりそうなので後で纏めて書くことにします。

豊洲と並んで、東京オリンピックの会場問題。これも小池都知事の行動を、そのファッションに至るまで逐一報道していますが、小池都知事としてはちゃんと落としどころを考えているのでしょうか。派手なパフォーマンスで宮城県民に希望を与えたあげく、結局、海の森に決まったでは、その実務手腕が疑われますし、もっと大切な報道をそっちのけにして、それに荷担した地上波テレビの責任も問われるでしょう。

週刊誌や月刊誌については、dマガジンと契約していて、月500円で日本の主要な週刊誌や月刊誌を全ページ読むことができます。

これらも入院中のヒマにあかせて、ざっと目を通しているのですが、地上波テレビよりは掘り下げた報道もあるものの、傾向としては同じです。

Newsweek日本版が最も良く、週刊文春、週刊新潮、週刊ポストあたりには読むべき記事があります。週刊朝日、サンデー毎日、AERAあたりは偏向した記事が多く、週刊現代には嘘が多い。週刊女性や女性セブン、女性自身などの女性誌にも目を通すのですが、これらの女性誌は昼間の地上波テレビと同じですね。



日本のマスメディアの問題点だと思うのは、以下の項目です。

1.知識不足、調査不足
2.いたずらに恐怖を煽る
3.品格の低さ
4.傲慢さ
5.何にでも反対

1.知識不足、調査不足:2016年3月14日、朝日新聞は朝刊1面で「川内原発周辺の放射線量計 避難基準値 半数測れず」と報じました。放射線線量計が完備されていない状態で原発 を再稼働していいのかという趣旨の記事でしたが、放射線線量計には通常時の低線量が測れるものと、事故時の高専量用のものがあり、それが併設されているという事を知らない誤報でした。意図した誤報でなく、まったくの知識不足、調査不足に基づく誤報で、書いた担当者もそうですが、それを通して朝刊1面とした編集部も責任を負うべきでしょう。原子力規制委員会の田中俊一委員長が『無用な不安を煽りたてたという意味で犯罪的』とコメントしたのはその通りだと思います。

福島原発事故の際の報道や、前述の豊洲市場に関する報道も、意図して不安を煽りたてているというよりも、単に科学的な知識が無いのが丸わかりの報道も多く、記者やレポーター、そしてコメンテーターの知識不足や調査不足を感じます。

2.いたずらに不安を煽る:マスメディアも商売ですから、「安心だ」という記事よりも「危ない」という記事の方が売れるというのは理解できます。しかし、事実を曲解し、いたずらに不安を煽る報道は許されません。

福島原発事故に際には、今に至ってもそういう記事が散見され、風評被害を招き、被災地の復興の妨げになっているのは、既に多くの人が気付いている通りです。

エセ科学者やエセ専門家が売名のために発言している事に関しては、無視するのが正しい姿勢ですが、もし報道する場合でも、同時に、WHOとか国連科学委員会とか、学会などの権威ある機関がそれをどのように評価しているかも併せて報道する必要があります。

3.品格の低さ:2014年5月20日に朝日新聞が一面トップで報じた『所長命令に違反して、福島第一所員の9割が撤退』という記事を読んだ時に、大きな違和感がありました。もし私が原発所員であって、自分達の原発が事故を起こしたら、死を賭して被害を最小限にする努力はしても、逃げ出したりはしないでしょう。それは、私の同僚たちも同じです。それこそが、自らの職業に対する誇りというものです。

『人は自分の品性に合わせて他人の行動を判断する』

この記事を書いた記者は、『自分なら逃げる』という意識があるから、福島原発の所員もそうしたのだと思ったのでしょう。また、それをおかしいと思わず朝刊1面に持ってきた編集者も、自らの品格を疑うべきです。後で誤報という修正報道がありましたが、単なる誤報というよりも、マスコミ人としての品格のなさを反省すべきです。

同様の事は、管直人元首相についても言えます。東電に乗り込み、『逃げようとしたって、逃げ切れないぞ』と激高して叫んだ時、電話会議を通してその場にいた吉田所長は『撤退』なんて誰が言っているんだと思ったと記しています。

4.傲慢さ:記者会見の模様などを見ていて思うのですが、記者やレポーターはなぜ礼儀をわきまえず、乱暴な口をきくのでしょうか。一国の首相や大臣、多くの有権者の代表である代議士や知事、市長、人生経験の豊富な組織の長などに対してもタメ口です。相手を怒らせて本音を聞き出そうという作戦かもしれませんが、その意識の中に、俺は対等な口をきけるくらい偉いんだという思い上がりがあるような気がします。

象徴的なのは、朝日新聞の朝刊1面のコラムのタイトル『天声人語』。何と傲慢な思い上がったタイトルでしょうか。天の声を伝えるぞ、自分たちだけが正しいのでその語る言葉を聞け、という意味でしょう。この姿勢は、朝日新聞の記事すべてに及んでいるような気がします。今や、インターネット時代です。いろんな情報が容易に手に入り、それらを取捨選択する時代です。『天声人語』という思い上がった姿勢では、読者から見放され、朝日新聞の発行部数はどんどんと落ちていくでしょう。

5.何にでも反対:マスメディアの重要な役割は、政権や権力のチェックであるというのはその通りです。しかし、それは是々非々であるべきです。反射的に政権与党の政策に反対するというのはいかがなものかと思います。本当に政策に反対するには、政治家と同様に、大局的な見地に立ち、現実を冷徹にみつめ、未来を見通し、深い洞察力をもって理性的に判断する必要があります。目の前の不快な事が解決すれば、あとはどうなってもいいなどという姿勢では政策を批判する資格はありません。


健全な民主主義を育て維持するためには健全なマスメディアが必要です。まずは深い知識と調査に基づいた事実を報道し、その上で自らの主張を行う。売らんがために、いたずらに不安を煽り、事実を曲げ、浅薄で皮相的な報道で民意の暴走を煽るようなマスメディアは報道機関としての資格はないし、世のためにならないと思うのです。