恋する日本語


稀勢の里が、日本人として19年ぶりに横綱に昇進し、30人がかりで綱を撚り、できあがった新しい綱を締めて奉納土俵入りをしているのを見て、いいなあと思いました。

神社の鳥居や拝殿にあるように、シメナワ(注連縄)にシデ(紙垂)がついています。つまり、この時、稀勢の里は人間ではなく、神と見なされている訳です。

私の同僚は、欧州などからの外国人が主なのですが、相撲の話になった時に綱の話をしました。

相撲は単なる格闘技ではないのだ、強ければいいというものではない。それぞれの力士は故郷の山や海、神が宿る彼らの故郷を代表している。だから、○○山とか○○海とかいう力士名が多い。彼らが土俵に上がるとき、彼らは故郷の神々として戦っているのだ。その神が、卑怯な手で勝ったり、品の無い行動をするのは、故郷を辱めることなのだ・・・と。

他に、外国人に受ける話は『日本語では食事の前に何と言うのだ?』という質問への答え。例えばフランス語ではボナペティ"Bon appetit"ですから、Bon(良い)Appetit(食欲)、たくさん召し上がれという意味ですよね。

日本語では『いただきます』。その意味は、食材自体とそれを料理した人達に対する感謝の言葉である。特に『貴方の命をいただきます』という意味合いがあり、命を奪っているものに対して『貴方の命を私の中に入れて無駄にしませんよ』と祈る儀式である。だから、正式には手を合わせて言うのだと答えます。

日本語にあって、外国語に訳せないものに『もったいない』があります。これは世界的に有名になって、その概念は、3R+Respect、つまり、Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)だけでなく、かけがえの無い地球資源に対する Respect(尊敬)が込められているとして、Mottainaiが世界語になりつつあります。

『さよなら』も、単に英語の Goodbyeとか、See youとかと違って、『名残惜しいが、状況がかかる状況(左様)であるなら仕方ないので別れましょう』と深い意味あいがあります。

他に有名どころでは、『わびさび』、『切なさ』、『たおやか』、『よろしくお願いします』、『おかげさまで』など。外国語にその微妙なニュアンスを見つけることは困難です。

このような言葉を生み出した『日本のこころ』、美しいなあと思うのです。


前置きが長くなりました。

数年前にNHKで『恋する日本語』というオニムバス形式のドラマがあり、その原作となった小山薫堂の本を買いました。小山薫堂は『カノッサの屈辱』という番組以来、ファンになって密かに尊敬しているのです。

以下、その本で取り上げられている日本語ですが、読みと意味が分かりますか?(回答はこのページの下欄に)

玉響
夕轟
恋水
滝枕
揺蕩
紐帯
転た
赤心
浹洽

先日、その本を何となく読んでいた時、

相生(あいおい)・・・夫婦が一緒に長生きすること。

という言葉に行き着き、入院以来、とても涙もろくなっている私は、10分間ほど泣きました。


私の好きな『垂り雪(しずりゆき)』という言葉も恋する日本語の中にありました。

木の上に残った雪のことを、垂り雪(しずりゆき)あるいは、単に垂れ(しずれ)と呼びます。

作家、乙川優三郎に『しずれの音』という短編があります。乙川優三郎は、封建時代のしがらみの中で生きる日本人の心情を、繊細な言葉と静謐な筆致で紡ぐ時代小説作家ですが、人間の心の最も奥底に潜んでいる感情ないし情緒に形を与え、日本語の繊細な調べに乗せて綴っています。

寡作な作家ですが、特に短編は、目にしただけで恍惚となる美しい日本語が並んでいます。

短編『しずれの音』を要約すると、

実の母親の介護を頼まれたが、夫が嫌がり、母親も気兼ねする。たらい回しにされる母親を荷車に乗せて、本来面倒をみるべき兄の家の玄関に捨ててくることになった寿々。 黒松の枝には三日三晩降り続いた雪が積もっていた。寿々が立ち止まって喘いでいると、不意にどすんと重い音が聞こえた。垂れだった。 『人でなし』 そう言われたような気がして寿々ははっとした。声は自分の胸の中から聞こえたようである。

右写真は、北の国の小さな公園の12ヶ月で撮った『垂り雪』です。

しずりゆき ひかりのたまと なりて落つ

The snow left on the trees is called "Shizuri-yuki".
Shizuri-yuki is falling down as a drop of shining light.

とても好きな俳句のひとつです。



玉響(たまゆら)・・・・ほんの少しの間。
夕轟(ゆうとどろき)・・恋心などのために夕暮れに胸がさわぐこと。
恋水(こいみず)・・・・恋のために流す涙。
滝枕(たきまくら)・・・涙を枕にそそぐこと。
揺蕩(たゆたう)・・・・決しかねて、心があれこれと迷う。
紐帯(ちゅうたい)・・・人と人とを結びつける重要な役割を果たすもの。
転た(うたた)・・・・・ますます、非常に。転じてなんとなく。
赤心(せきしん)・・・・偽りのない心。人を心から信用して、全く疑わない心。
浹洽(しょうこう)・・・隅々までいきわたること。心がうちとけること。