大部屋の仲間たち その2


大部屋を移って、ナースステーションから最も遠い(つまり、最も安心な患者のいる)部屋では、若い患者さんたちと同室になりました。

前の大部屋では、OさんもKさんも還暦を過ぎていて『もう仕事はできない、これからは趣味に生きる』と、人生にひと区切りをつけて、頂いた命をどう使うかという話をしました。

ところが、現役の若い患者さんたちは、今の生活、そして将来の生活がかかっているので、話は深刻です。悩みを聞いてあげることが慰めになるかなといろいろ聞きましたが、ここに書くような事ではないので、症状を中心に書いておきます。


カーテン越しに隣になったAさん。40才、会社員。奥様と9才になる娘さんがいます。

10月末に骨髄移植を行って、急性GvHDの時期を乗り越え、歩くことも問題なく体調はいいのですが、問題は移植後90日がたっても血小板が増えないこと。白血球も2000止まりで、ギリギリです。血小板を2-3日毎に輸血しています。

湘南の藤沢に自宅があり、学校が休みの週末に奥様と娘さんが一緒に病院に来て、子供は移植病棟に入れないので、デイ・ルームで話し込んでいました。

体調は比較的にいいので、個室にいた時はする事がなくて『気が狂うかと思った』。今は大部屋で話ができるからいい、それにしても外に出たい。外の空気を吸いたい、2−3日ごとに通院で輸血に通ってもいいから自宅に帰りたい、と言います。しかし、医師に相談すると『白血球の事もあるので勧められない、もう少し様子を見ましょう』との答えでした。

フラストレーションで、ストレスが溜まっているようなので、デイ・ルームでいろいろ話を聞いてあげることにしました。『話すと楽になるから、何でも言った方がいい。ストレスは活性酸素を作って身体に悪いからね』と促して、2時間後には『ありがとうございます。楽になりました』と言ってくれました。

窓際の隣どおしのHさん。八王子に住む薬学部の学生さんです。20才。とても礼儀正しくて、たくさんある荷物がきちんと整理されています。(前の大部屋の窓際の隣どおしだったOさんとは大違い)

病気は、骨髄異形成症候群(MDS)。私のような急性骨髄性白血病だと、まずは寛解治療、そして地固めと行くのですが、MDSは、造血幹細胞移植が治癒のための唯一の治療法なので、発病して直接にこの病院に入って、骨髄移植の前処置をしているところです。

まだドナーが決まらなくてドナーバンクで探しているのですが、その前に既に抗がん剤投与を始めて準備が始まっています。できる限り早く骨髄移植を始めたいということでしょう。

抗がん剤で白血球が1000を切って、いわゆる骨髄抑制の状態になると個室移動になるのですが、この病院では各ベッドの頭の部分に個別のアイソレーターがついていて、ビニールカーテンをつけると、そのベッドのみ簡易クリーンルームにすることができます(右写真)。

現在はビニールカーテンの中で生活していますが、個室が空き次第、個室に移るでしょう。

それにしても、通常のガンは年齢とともに発症率が増えて、20才の若者がガンになったりしないのですが、白血病だけは将来のある若者が、老人と同様に病魔に冒されるのが可哀想です。



大部屋の仲間たちで紹介した、KさんとOさん。退院して1週間ですが、また病院に戻ってきました。

Kさんは、自宅は絨毯や畳の総入れ替え工事があるので、すぐ近くの親戚の家にやっかいになっていたのですが、何とかウィールスにやられたようで、その治療のために暫く入院するそうです。

『退院しても、9割の人はまた再入院する』とKさん。

Oさんは、もともと骨髄移植後の地固め治療のために再入院が予定されていたのですが、自宅で腸の調子が悪くなったようで、早めに再入院です。液状の便に血が混じったりしているようで、なかなか大変そうです。すぐに『大丈夫、良くなった』と言っては看護婦さんを心配させています。

『ベッドを離れる時は声をかけてくださいね。念のため、Kさんがベッドを離れたら分かるように、この敷物をしておきますから』と看護婦さん。

いいなと思うのは、この夏の仕事を既に決めたこと。『海でテキ屋をやるんだ!』。知り合いの店の一角を1ヶ月3万円で借りてアイスとクレープを売るのだそうです。それまでに元気になるんだという"楽観さ"と"気力"が大切だと改めて感心しました。