なぜ人は宗教にすがるのか

Why do people lean on religion?


『神は存在する。存在しないことが証明されていないからだ』

存在しないことの証明は、いわゆる『悪魔の証明』であって不可能です。したがって、その反証としての神の存在があるというのは無理があります。

中世以降、神の存在の証明はいろいろ試みられており、wikipediaによると、
−目的論的証明:「世界が規則的かつ精巧なのは、神が世界を作ったからだ」
−本体論的証明:「存在する」という属性を最大限に持ったものが神だ。
−宇宙論的証明:因果律に従って原因の原因の原因の・・と遡って行くと根本的原因があるはず。この根本原因こそが神だ。
−道徳論的証明:道徳に従うと幸福になるのは神がいるからだ。

という4種類の証明がなされているようです。でも、科学者の目から見れば、どれも証明になってないように思います。

存在が証明されていないものをどうして信じることができるのか、どうしてそれにすがることができるのか。

私にとってもっとも納得できる説明は、人間は動物であって、進化の過程で種の存続に有利なものは残し、必要ないものは破棄してきた。神を信じる、宗教にすがるというのは、それが人間の生存に有利な特性であるので、DNAに刷り込まれている、というものです。

具体的には、人が困難や絶望の淵にあった時、神を信じ、宗教にすがることによって心の平安を得ることができ、それは人間を頑張らせ、生存の機会を増やしたのでしょう。

あるいは、古代からの数多くの戦争において、自分の利益のためだけに戦い自分の力だけしか信じられない兵士と、神を信じ死を恐れぬ兵士が戦った場合に、神を信じる種族の方が勝った結果かもしれません。



私自身は無宗教です・・・と断言するには少し躊躇があって、大自然に対しては畏敬の念を持つし、お正月の初詣では、家内安全、無病息災、事業成就を本気で祈っています。両親が亡くなった時には、仏式の葬儀において、本気になって両親の冥福を祈りました。

キリスト教の教会に行けば、機会があれば、そこでも祈ります。神様は多ければ多いほどいいと思うから。

ただ、急性白血病になって死について身近に考えた時、来世を頼んで心の平安を得るという事は決してないと思います。

私の母は肝臓ガンになって、末期にはベッドに縛り付けられたまま、ひたすら写経をしていました。それで心の平安が得られるなら良かったと思いますし、亡くなる直前には、既に亡くなっていた母の妹や祖母にあの世で会えることを楽しみにしていたので、本当にあの世で会えていればいいなあと思います。

ただ、現世を豊かに、畏敬の念をもって、こころ穏やかに暮らすために宗教心は必要ですが、現世の苦難や困難から逃れるために、来世を頼むような宗教は間違っていると思います。死の恐怖を感じるのは、現世を悔いなく生きていないからであって、「もう死んでもいいかな」と思うくらい、現世を頑張って生きることが大切と思います。