リスク評価のできない人々へ その1

To people who can not make a risk assessment -1-


山登りが趣味というと、よく聞かれるのが『クマが怖くないですか?』という質問です。確かに怖いけど、本当に怖がるべきは、ハチや毒蛇だと思います。クマによる負傷や死亡は、珍しいからこそニュースになるのであって、絶対値でいうとハチや毒蛇による負傷や死者の方がずっと多い。

だから、私は山にクマ避けの鈴は持って行かないけど、ポイズンリムーバー(注射器みたいなもので、毒を吸い出す道具)は持って行きます。蚊などの虫に刺された時も、早めに毒を吸い出せば症状は軽くてすみます。

同様のことは、原発についても起こっていて、ニュース性があるからメディアが報道するのであって、メディアが報道しないリスクも含めて、私達は絶対値としてのリスクを考えるべきと思います。

確かに原発にはリスクがある、でも、原発を止めた時のリスクについても考えるべきと思います。

原発のリスクは、現在、世界に約500基の商用原子炉が存在するとして、世界のどこかで炉心損傷事故が起きる確率は100年に3回前後と評価されています。ただ、炉心損傷事故イコール放射能の放出を意味する訳ではなく、福島やチェルノブイリのような放射能放出を伴う事故はこれよりも少なくなります。

また、事実として、原発事故の死者として確認されたのは、この50年間でチェルノブイリの60人のみです。福島事故で何十万人もの人が死ぬとか、チェルノブイリでも何十万人も死んだといった流言飛語の類いの評価は無視して、世界の科学者100人による国連科学委員会が最終的に評価したのがこの数字です。JCOの事故も含めれば62人になるでしょうか。また、福島事故では、世界保健機関(WHO)が「日本内外の一般住民への予測されるリスクは低く、識別できる自然発症率以上の発がん率の増加は予想されない」と評価しましたが、事故後5年が経過したいま、この評価も納得できるのではないでしょうか。

一方、石炭火力はどうでしょうか。まず、全世界で毎年10万人以上が炭鉱事故で死亡していると推定されています。また、石炭火力による大気汚染で、全世界で毎年数十万人が死亡していると評価されています。これに加えて、温暖化のリスクがあります。温暖化によるリスクは不可逆的で人類の生存を脅かす可能性のある極めて大きなリスクです。

また、これらのリスクに比べれば微々たるものですが、石炭の中に閉じ込められていた重金属や放射性物質のリスクがあります。日本の水銀だけでも、石炭火力から年間1.23トン(約2000人の致死量)以上が排出されていますし、放射性物質は原発の基準よりもはるかに高い濃度のものが拡散します。

実際、中国では、発電の80%が石炭火力によるものであって、そのために大気汚染が深刻となり、多くの人がPM2.5により健康を害しています。このため中国は、400基におよぶ原発の新設を計画しています。中国の安全文化のもとで400基の原発を運転すれば、原発事故の可能性は高くなり、それは中国だけでなく日本にも影響するでしょう。反原発運動家は、中国大使館の前でこそ、反原発を叫ぶべきですが、中国側とすれば、現実に何十万人もの人が石炭火力のために死んでいる時に、何を言っているんだ、中国人の命を何と思っているのだ、てなもんでしょうね。

原発と石炭火力やガス火力発電のリスクは、それこそ至るところでなされていて、どの評価をみても比較にならないほど、石炭火力やガス火力発電のリスクが大きいという結論です。

米国、NASA研究機関が気候変動等リスク評価により原子力発電の必要性を強調

米航空宇宙局(NASA)の研究機関であるゴダード宇宙研究所とコロンビア大学地球研究所は2013年4月4日、地球温暖化のリスクや発電方式による死亡率の相違などを包括的に評価した研究結果を発表した。この研究では、発電方式別に事故や大気汚染などによる発電量単位ごとの死亡率を試算し、石炭火力発電の場合の死亡率は29人/10億kWh、ガス火力発電が3人/10億kWh、原子力発電が0.0074人/10億kWhと分析した。また、原子力発電は1971年から2009年までの期間で640億トンのCO2削減に寄与し、約180万人の人命を救ったとし、今後、石炭火力やガス火力の替わりに原子力を活用することで2050年までに2400億トンのCO2を削減し、約700万人の人命を救うことが出来るとした。原子力発電を維持し、拡張することは地球温暖化問題への対応として、省エネルギーや再生可能エネルギーと同様に非常に重要だと指摘。石炭火力からガス火力への転換について、ガスは重要な役割を果たすが移行燃料であり、地球温暖化の根本的な解決にはならないとも主張している。

このように書くと、反原発派からは、必ず

『巨大で不可逆的なダメージをもたらすリスクのある原発と、他のリスクを比較してはいけない』とか、

『原子力は人類には制御できない。制御できない技術を使ってはいけない』

という反論が来ます。

まず、『不可逆的なダメージ』というのは、極めて誇張された言い方であって、広島に原爆が落とされた時も「70年は草木も生えないだろう」と言われたし、福島の被害も、非現実的な1mSv/年という規制レベルが多くの人の帰還を阻んでいるのであって、放射線障害が出ないことが科学的に分かっている100mSv/年という値を用いれば、帰還困難区域は極めて狭い範囲になります。いずれ、現在の帰還困難区域も含めて十分に線量が下がり、発電所周辺のみが規制区域になるでしょう。

それよりも、原子力を止めて、火力発電に切り替えることによる温暖化こそ、不可逆的で人類の生存を脅かす巨大なダメージをもたらすのではないでしょうか。

『温暖化を防止するための人類の英知(原子力)を、愚かな感情で邪魔してはいけない』というのが、世界の環境学者の共通した意見でしょう。なお、温暖化に対する懐疑論が世の中にありますが、それらは全て気象が専門でない人(例えば武田邦彦)が売名のためにやっている事です。そうでなければ、世界の首脳が集まって(COP)議論したりしません。

『原子力は人類には制御できない』という人は、自動車に乗るべきではないと思います。人類は自動車のスピードを制御できず、年間125万人の人を殺しているからです。

上の風刺画は、「紀元前2万5千年にあったであろう、火反対党派による最後のデモンストレーション」
「原子力の前に恐怖、無知、異常な規制が立ちふさがる」の記事から。

『人類が最初に火を使用したとき・・・炎が燃え移り、「連鎖反応」で破壊が広がる−最初は危険だと感じただろう。動物はパニックを起こし逃げ去ったが、原始人は自然に感じる恐れを乗り越え、頭脳を使って学習した。当時を想像すると、火の使用を反対する党派には、それが死や破壊を招くといった説得力のある主張があっただろう。しかし彼らは支持を失い、火の賛成派とは異なり、食事で生ものしかない、寒くじめじめした家に帰っていっただろう。その危険にも関わらず人類の文明が繁栄するには火が必要だったのだから、これは重要な結果である』

無知が恐怖を増幅させるのです。

リスクの定量ができず、話を聞かず、理解もできない人が思考停止した状態で反射的に批判だけ行う・・・こういう状況にそろそろピリオドを打ち、リスク評価をきちんと行った上で将来のエネルギーを選択すべきと思います。


特に若者世代にとっては、この選択は日本の将来を決める重要な選択です。すでに世界一の省エネ先進国である日本でCO2を削減しようと思えば、原発の選択以外には、再生可能エネルギーの固定価格買取のような高コストの対策しかありませんが、こういう方法でCO2を減らすには巨額な費用がかかります。電気料金が高くなって国際競争力がなくなってしまいます。成長率を上げつつCO2を削減するために、どうすれば良いかを真剣に考える政治家の出現を望む所以です。