スペイン北部アストゥリアス地方

Province of Asturias in northern Spain


目次

  1. はじめに
  2. 海辺の小さな町 リャネス
  3. 巡礼の道 カミノ・デ・サンティアゴ
  4. アルタミラの壁画
  5. 石灰岩の山脈 ピコスデエウロパ


はじめに

中世、スペインの大部分はイスラムに占領されました。その中にあって、北部の大西洋に沿った地方はイスラムの撃退に成功し、キリスト教の文化を守ることができました。今でも、スペイン北部は、南のバルセロナ、セビリア、バレンシアなどどは違った文化を持っています。2週間近い夏休みをとって、夫婦で過ごしたスペイン北部アストリア地方の休日の思い出です。


海辺の小さな町 リャネス

同僚のスペイン人に、アストリア地方の小さなリゾート地で夏休みを過ごしたいと相談すると、リャネスを勧めてくれました。リャネスは人口約1万人、海に面していて、綺麗な海岸と漁港があって、シーフードが美味しいと。

パリ経由でマドリッド空港に着き、レンタカーを借りて北上。高速道路沿いのモーテルで1泊目を過ごし、サラマンカ、レオンを通って、リャネスに着きました。スペインの高速道路は良く整備されていて、都市部以外は車も少なくとても走り易い。

リャネスには約50軒のホテルがあり、夏のリゾート人口は2万人くらいでしょうか。海辺のホテルにチェックインして、街と海岸を散策。小さな町なので端から端まで徒歩圏内です。港の方には、たくさんのヨットが係留されています。


これがメインの海水浴場。あとで分かったのですが、近くにはもっと綺麗な海岸がたくさんありました。


レストラン街がとっても充実していて、ランチタイムあたりから人が集まり、夜は毎晩がフェスティバルになります。コンサートなどの催しや屋台がたくさん出てとても賑やかです。

写真は、レストラン街で誰かが歌って踊りだすと、近くの人が腕を組んで列になって踊りはじめたところ。列がどんどんと繋がり、みんなで歌を歌います。催しものなどなくても自分達で十分に楽しんでいる感じがいいです。


スペインは夕食は9時頃からと遅く、深夜2時頃まで毎晩騒いでいます。この写真、大道芸人に子供達が集まっているのですが、これ深夜零時です。

逆に朝は遅く、ホテルの朝食会場は7時オープンでしたが、まだ誰も起きてこなくて、我々がいつも一番乗りでした。


カラマリ(イカの唐揚げ)とアサリのバジルアヒージョで軽く食事。飲み物は、リンゴを発酵させたシドラ(シードル)と呼ばれるアルコール度5%程度のもの。緑色の瓶です。


シドラは瓶からそのまま飲むのではなく、高い所からコップに注いで、空気に触れさせてから飲みます。あるバルのウェイターがこうやるんだと見せてくれました(左端)。すると、もう一人のウェイターが俺の方がうまいと言って、目で見ることなく、ピタッとコップに注ぎました(中央)。私が面白がって写真を撮っていると、奥の方から店のオーナーが出てきて、俺もできると言ってやったのですが、目はしっかりとコップを見ていて、『ダメじゃん』とコメントしました(右端)。みんな陽気です。

なお、シドラの値段は、レストランやバルでは1瓶が約2ユーロ。コップ1杯でも2ユーロなので、瓶で頼むべきです。

ただ、バルの値段は良く分からなくて、日本人だというと歓迎してくれて、サービスだとどんどん食べ物を出してくれて、シドラも何本もあけて、いくら?というと6ユーロとか8ユーロ。私の印象では、料理をこちらが頼むとその値段がついて、シドラは飲み放題。サービスだという料理は本当にサービスのようでした。

治安はとても良く、夜中でも女性が一人歩きしても大丈夫な感じでした。

ホテルの部屋の窓の外にテラスがあり、洗濯物はそこで乾かしました。

天気が良くて、空気が乾燥しているので、すぐに乾きます。


夕方になると、屋台が並んで、とても賑やかです。

町のあちこちにミュージシャンや大道芸人がいて、喫茶店でケーキを食べながら、それらを眺めていると、夏の時間がすぐに過ぎていきました。


巡礼の道 カミーノ・デ・サンティアゴ

世界遺産になっている巡礼路は世界に2つあって、ひとつは日本の熊野古道、そしてもうひとつがスペインのカミーノ・デ・サンティアゴ(サンティアゴへの道)です。巡礼コースはいくつかあるのですが、最も代表的なのが「フランス人の道」と呼ばれる、ピレネー山脈からサンティアゴまで約800kmのコースです。

それと並行してサンティアゴに向かう大西洋岸沿いのコースが「北の道」です。フランス人の道は、スペイン大陸のど真ん中、乾燥した大地を歩くという感じですが、北の道は海岸沿いにリャネスなどの美しい港町やを通る巡礼路です。ただ、気候は不順で雨が多く、歩くには少し大変かもしれません。

写真は、リャネス近くの「北の道」。道ばたに巡礼路を示す看板があります。ホタテ貝をモチーフにしたマークが目印です。

後ろにみえる山脈がピコスデエウロパ。英語では、Peaks of Europe(ヨーロッパの峰)と呼ばれる通り、石灰岩の鋭い山容をもつ山々です。


写真は、巡礼者のためのアルベルグと呼ばれる宿泊施設。建物の側面に大きく、ALBERGUEの文字が見えます。

巡礼路には、巡礼者のための宿泊施設やトイレや病院などいろんなサービス施設があります。道沿いにある、ホタテ貝マークの喫茶店やレストランも巡礼者のために割安な値段で提供しています。アルベルグは、公営のもので1泊の宿泊費が5ユーロ、私営で8-10ユーロ、単に寄付金だけの施設もあるようです。

つまり、食事代を含めても、1日3000円くらいで暮らせるのではないでしょうか。

アルベルグは広い部屋にベッドが並んでいて、老若男女、同じ部屋に眠るようですが、個室がいい場合でもホテル代は20-40ユーロくらいです。ただ、ホテルに泊まるよりも、やはり、アルベルグでの情報交換や交流が楽しいでしょうね。


「フランス人の道」にも寄ってみました。

写真は、レオンからオスピタル・デ・オルビゴの町に向かう巡礼路。数百メートル毎に巡礼者が歩いていました。


私達も車を停めて、巡礼路に出てみました。そこで出会った、若者たち。イタリア人とスペイン人のグループで、アルベルグで友達になって一緒に歩いているとのこと。


私もいつか、この巡礼路を歩いてみたいものです。

写真は、公式のガイドブック。

2015年には、お遍路さんの巡礼路を持つ四国4県と、スペインの巡礼路との協定が結ばれたそうで、スペイン大使館の人とお遍路さんについて話しました。(実は私は四国出身。小さい頃にお遍路さんが来て玄関でチリンチリンという鈴の音がすると、お米を持って行っていました)

ガイドブックのサインは、その時に大使館の参事官に、頑張ってねと書いてもらったものです。


アルタミラの壁画

地図を見ていると、リャネスから50kmのところにアルタミラの洞窟がありました。

歴史の教科書の最初の所に出ていた、あのアルタミラ。これは絶対、行かなくちゃとある日、車で出かけていきました。

アルタミラの壁画は、1879年に12才の少女によって発見され、1900年代に旧石器時代のものと認められましたが、外気に触れることによって急激に劣化。現在は、本物は閉鎖され、その隣に New Caveと呼ばれる、そっくりに作られた洞窟と壁画が公開されています。

これが、イミテーションとはいえ、とても精巧です。洞窟全体も完全に復元されているので、まるで本物の洞窟の中にいるみたい。


アルタミラ洞窟のある最寄りの村は、サンティリャーナ・デル・マール。ランチを食べようと寄ってみると、これがとても素敵な村でした。

スペイン人が選んだ美しい村No.1だそうです。石畳と石の家が連なる、中世そのままの雰囲気が残る町並み。観光客も多く、土産物屋やレストランも散在しています。


パラドール(歴史的建造物を高級ホテルにしている施設)もありました。

こんな素敵な村のパラドールに泊まって、ゆっくりと村を散策するのもいいでしょうね。

村の歴史を伝える博物館に入ってみると、イスラムからキリスト教を守った歴史もあって興味深いものでした。


石灰岩の山脈 ピコスデエウロパ

北スペインの大西洋岸に沿って、ピコスデエウロパという山脈が続いています。英語では、Peaks of Europe。ヨーロッパのピークと言われるだけあって、結構、鋭い山容です。

リャネスからは車ですぐ。リャネスから山に向かい、牧場の村を越えると、石灰岩の山々が見えてきました。


石灰岩の山を穿って、ケーブルカーの駅がありました。


トンネルの中をケーブルカーが進んでいきます。


ケーブルカーの終着駅から、更に歩いて、ピコスデエウロパの登山道の入口にある小さな村に着きました。

ロッククライミングのロープを持っている、本格的な登山家もいますが、我々はここで十分。石灰岩の鋭いピークを見ながら、シドラとコーヒーを飲んで、のんびりしました。


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