誰が戦争を起こすのか

Who is initiating the war


自分だけが絶対的に正しいとする『傲慢さ』
主義主張の異なる相手の存在を許さない『寛容のなさ』
主張のためなら事実を曲げてもいいとする『独善』
理性よりも感情を優先させる『センチメンタリズム』
大局的な視野を欠き、目の前のことしか見ない、更に言えば自分の見たいものしかみない『視野の狭さ』
歴史をみると、これらこそが戦争の原因といえます。

戦前に国際連盟脱退を主張し戦争を煽りたてた、ある大手の新聞がこれらの特質をより多く持っているのは偶然ではないと思うし(天声人語って、何て傲慢なタイトルでしょう)、戦争反対を叫ぶ人々にこれらの特徴が見えることは、皮肉だといえます。



太平洋戦争は、悪意をもった金持ちや指導者(戦犯)が計算ずくで始め、汚れた精神をもつ人々がみんなを強制的に戦争へとひっぱっていった・・・のではなく

善意の革新的な人やメディアが世論をつくり、潔白でクリーンな人々が全体主義的の空気の中で自ら遂行した戦争です。

1925年に普通選挙が始まった結果、民政党と政友会の二大政党は党利党略に走り、国としての大局的な判断ができなくなりました。そして、それを憂えた日本陸軍の暴走が始まったのです。

満州事変が起こった後も、リットン調査団は日本に好意的であり、実質的に日本の満州統治を認める妥協案がありましたが、それを蹴って、1933年に国際連盟を脱退し孤立化の道を歩み、ヒットラーやムッソリーニと組むことになります。外務省の情報に通じたセクションは妥協案を受け入れ、国際連盟脱退を阻止しようとしましたが、世論がそれを許さなかったのです。

同様の現象は日露戦争終結時にもあり、世論は戦争続行を望みましたが、国力の限界を知る日本政府は最良の妥協案で踏みとどまりました。その選択が可能だったのは、西園寺公望らの明治の元老が健在で、大局的な見地から政治を行うことができたからだと思います。

太平洋戦争では、元老が不在となり、党利党略に走る政党政治は大局的な判断ができず、ずるずると世論に引っ張られて戦争に突っ込んでいきました。国際連盟脱退を最も強く主張し、世論を煽った新聞社は、自らが戦犯のひとりであることを深く認識し、再び世論にメディアが乗っかって、国としての大局的な判断を誤らせることが無いように自らを律すべきと思います。

もちろん、政治の批判者としてのメディアの役割を忘れてはいけませんが、主張のために事実を曲げることなく、まずは正確で客観的な情報を伝え、世間の”感情”を煽るのではなく、理性的な議論である”輿論(よろん)”を醸成することが大切です。

国際政治というのは、情報を集め、危ういパワーバランスの上に立って平和を守るという技術であり、理性的な議論である”輿論(よろん)”を背景に『政治のプロ』たちが大局的な見地から判断を下す必要があります。メディアに煽られた感情的な”世論(せろん)”が口だしすべき分野ではないと思うのです。