私のこと

About me


もし、私が高校性に戻り、将来の進路を再び選ぶとしたら、今と全く同じ進路を選ぶでしょう。そういう意味では、後悔のない人生だったと思います。

大学4年で核融合を志し、大学院から研究所に就職して同じ研究開発を続けましたから、42年になります。3つ成果を挙げるとすれば・・・

1.プラズマ加熱技術の開発

国際原子力エネルギー機関(IAEA)が、世界の核融合研究50周年を記念して、これから核融合を志す学生のための教科書『Fusion Physics』という本の出版を企画しました。核融合を15の分野に分け、それぞれの分野を代表する研究者に執筆を依頼した本です。この中で、核融合プラズマを1億度以上の温度に加熱するために最も有力な方法である『中性粒子入射加熱技術』の執筆を私が依頼されたのです。

研究所に就職して、中性粒子入射加熱技術の研究室に配属され、当時、この分野で先行していた、米国やソ連、英国、フランスの研究所などの論文を読み、訪問した時には、そのレベルや立派な装置に圧倒されたものでした。日本はまずそれらに追いつき、やがて追い越した訳ですが、特に、正イオンを使う従来の方式でなく、負イオンを使う効率の高い方式は、私が世界で初めて大電流の負イオン源を開発して、日本が世界に先行して実用化したものです。現在、建設中の国際熱核融合実験炉(ITER)でも負イオン方式が採用されています。

依頼された章を執筆しながら、その歴史を振り返って、懐かしく感じていました。


2.ITER政府間協議

現在、世界最大の国際科学事業は、宇宙や加速器ではなく、国際熱核融合実験炉(ITER)です。日本、米国、ロシア、EU、中国、韓国、インドの世界の7つの国と地域が協力して、人類究極のエネルギーである核融合の実験炉を建設しているのです。

実は、日本はこの核融合実験炉の誘致を目指して、2001年から政府間協議を行ったのですが、その協議にフルに参加しました。日本のコンタクトパーソンとして、実務者協議から、政府高官協議、閣僚級会合に至る協議のお手伝いをした訳です。

写真は、最終的に日本とフランスでサイトを争った時の読売新聞全国版の記事。最終的にはフランスのシラク大統領が来日して小泉首相と会談し、その結果、シラク大統領の熱意が勝ってフランスに決まりました。ただ、日本は完全に負けた訳ではなく、欧州との協力のもと、青森県六ヶ所村に国際核融合研究センターをオープンし、ITERの次の原型炉を狙うことになりました。

その研究センターをオープンして5年くらいたった頃でしょうか、文部科学大臣が視察に訪れそれに随行して、一緒にコンタクトパーソンをやり、現在は文科省の高官となった人が私を呼び止めました。そして、菓子箱2個をプレゼントしてくれ、私が恐縮していると、『戦友に会うのだから、これくらい当たり前』と言ってくれました。厳しい政府間協議を戦い抜いた戦友だと認めてくれているのかと、大変嬉しく思いました。


日本のこれまでの科学技術における国際協力は、宇宙や加速器など、日本で作ったものを米国や欧州に持っていって試験をするという方式でした。500億円相当の巨額の機器を外国から日本に持ってきて、日本で試験をするというのは、この国際核融合エネルギー研究センターが初めてです。

右写真は、サイエンス誌に載った記事。フランスで建設中の国際熱核融合実験炉ITERのプロジェクトは大幅に遅れているが、日本の国際核融合エネルギー研究センターは予定通りに建設され、研究が始まっているという記事です。

歴史上初めて日本に巨額の科学技術機器を持ち込むプロジェクトの、国際協定作りから参加し、研究センターの立ち上げに寄与できたというのは、自慢できる事かなと思っています。


3.最先端ガン治療、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)への寄与

30年くらい前、米国のローレンスバークレー研究所(LBL)に長期出張していた際に、加速器用の負イオン源について相談を受けました。

聞くと、カナダのTRIUMFという加速器の研究所から、連続して安定に3mAの水素負イオンビームを出せる負イオン源が欲しいと言われているとのこと。その時、私が開発していた負イオン源は、9個の孔から100mAの負イオンビームを出していましたから、1個の孔から10mA以上出せるだろうという訳で、基本的構造は同じで、電極孔を1個にした負イオン源をLBLで設計して、TRIUMFに送りました。数年後、TRIUMFの負イオン源が5mAを連続して安定に出したという論文が科学雑誌に載っていました。

右写真は私の開発した負イオン源からの負イオンビーム。極めてビームの収束性が良いのが特徴です。


さて、時は流れて5年前。住友重機械工業(株)から医療用加速器用の負イオン源について相談を受けました。聞くと、負イオン源の電流値が安定しないんだとのこと。じゃあというので、どんな負イオン源を使っているのか聞くと、カナダのTRIUMFから派生した会社が負イオン源を売っていて、それを購入して使っているとのこと。実に、30年前の息子に会ったような気がしました。

もともと元設計は私の負イオン源ですから、改良は簡単です。技術指導を行うという共同研究契約をして、5年。今では、20mAの負イオンビームを連続して安定に出せるようになりました。

この成果は、住友重機械工業(株)が世界初のホウ素中性子捕捉療法(BNCT)として納入したサイクロトロンに生かされています。

実は、最新の負イオン源技術を用いれば、サイクロトロンでなく静電加速方式で、付随する放射線量の極めて少ない、理想的なBNCT装置を作ることが可能です。実際にその基本設計を行い、大阪大学や某大手メーカーと協力して開発する相談をしているところでした。

もし、この静電加速方式のBNCTができれば、ガン治療の決定版となり、ガンが見つかれば、まずBNCTで治療する、また、浸潤性のガンやあちこちに転移した再発ガンも治療できるようになるでしょう。大阪大学の医師によると、白血病も治療可能だろうとのこと。

六ヶ所村の再処理工場に保管されている原発の使用済み燃料は、ゴミではなく、実は医学に有用な元素を多く含む宝の山です。群分離技術を使った有用核種を用いて核医学診断でガンを特定し、陽子線治療器やBNCT治療装置でガンを治すという、メディカルコンプレックスを六ヶ所村に建設するという提案もしました。医療は21世紀の日本の有力な産業です。水の綺麗な環境の良い六ヶ所村に、大規模なメディカルコンプレックスを作り、新幹線や空港とモノレール(雪に強く、自動運転可能)網で結び、温泉や保養地と組み合わせば、顧客は日本国内に留まらず、中国や韓国、アジア各国、世界の金持ちたちが集まるでしょう。

まだ、こんな夢があるという紹介でした。

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